【メトリカル】資本コストや株価を意識した経営戦略を開示は今でも少ない

東証が8月29日に開催された「第11回市場区分の見直しに関するフォローアップ会議」の資料「「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」に関する企業の対応状況とフォローアップ」を公表しました。本資料の概要を下記にお示し、論点を考えてみたいと思います。

「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」に関する開⽰状況
 今般の「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」の要請を踏まえた上場会社の開⽰状況について、コーポレート・ガバナンス報告書※の記載に基づき集計実施 (3月期決算企業のCG報告書が出揃った7月中旬時点で集計)
※ 今般の要請では、開示を⾏う書類の定めはないものの、開示を⾏っている旨やその閲覧⽅法について、CG報告書への記載を求めている
 今般の要請では、計画策定・開示の前提として十分な現状分析や検討が求められるため、開示時期に関して具体的な期限を定めていないものの、既に、プライム市場の31%(379社)、スタンダード市場の14%(120社)が開⽰済 (3月決算企業を対象に集計。3月期決算以外の企業では、プライム市場20社、スタンダード市場28社が開示)
 うち、具体的な取組み等は現在検討中(今後改めて公表)とする会社も一定数(開示した企業のうち、プライム市場では3分の1程度、スタンダード市場では3分の2程度)

P/B、時価総額水準別の開⽰状況(プライム市場)
 P/B、時価総額⽔準別に開示状況を⾒ると、PBRが低い企業/時価総額が大きい企業ほど開⽰が進展
 P/B1倍未満かつ時価総額1,000億円以上のプライム市場上場会社では、45%が開⽰
 一⽅で、P/Bが高い企業/時価総額が小さい企業では、相対的に開⽰が進んでいない状況
(参考)これまでに寄せられた意見・質問の例

開⽰書類/取組みの内容(プライム市場)
 開⽰書類は、中期経営計画や決算説明資料がそれぞれ3割程度と多い
 資本収益性や市場評価の改善に向けた取組み内容としては、成⻑投資や株主還元の強化、サステナビリティへの対応、⼈的資本投資、事業ポートフォリオの⾒直し等が多いが、ROEが比較的高くてもP/B1倍未満の企業ではIRの強化を掲げる企業も多い(単に株主還元だけを掲げる企業はほぼなし)
 ただし、取組み等が開示されている場合でも、既存の開⽰を参照するのみで、資本コストを踏まえた現状分析・評価に関して言及がないなど、投資者との建設的な対話を進める観点で、記載が⼗分ではない事例も一定程度⾒られる

企業が感じている取組みを進めるうえでの課題
日本IR協議会が2023年5〜6月に実施した上場会社向けアンケートによると、企業が「資本コストや株価を意識した経営の実現」への取組みを進めるうえで感じている課題として、外部要因による計画未達成のリスクや、取組みを実⾏するためのリソースや体制が整っていないこと、経営目標に組み込むことが難しいことのほか、投資者側の状況として、パッシブ運用の割合が高まっていること、中⻑期視点で企業価値を分析・判断するアナリストが減少していることを挙げる企業も多く⾒られた

(参考)業種別の開⽰状況(プライム市場)
 平均P/Bが低い業種の方が開⽰が進展しており、銀⾏業では約7割が開⽰ ※検討中と開示している企業を含む
 一⽅で、平均P/Bが高い情報・通信業、サービス業、小売業などでは、相対的に開⽰が進んでいない

(参考)ROE水準別、株式所有状況別の開⽰状況(プライム市場)
 P/B1倍未満の企業では、ROE水準の高低に係わらず開⽰が進展
 P/B1倍未満の企業であっても、株式所有状況に偏りがある企業、特に支配株主を有する企業では、相対的に開⽰が進んでいない

投資家等からのフィードバック(1)
 公表後、海外投資家を含む投資家からは、今般の要請は投資家と経営者の目線を揃える効果があり、要請を踏まえた企業の変化について、高い期待を寄せる声が多く寄せられている
 実際に、要請後、企業が対話に積極的になった、対話の中で資本収益性や事業ポートフォリオに関する議論が増えた、企業からの助言依頼が増えたなど、企業の前向きな変化を感じるという声も、国内外の投資家から多く寄せられている
 一方で、依然として、経営者が取組みの意義・必要性を⼗分に理解していないケースや、危機感はあっても対応を進める知⾒・リソースが⼗分ではないケースが⾒られるとの指摘もあり、継続的な要請内容・趣旨の周知、より詳細なガイドライン作成や良い取組み事例の共有、教育コンテンツの提供など、上場会社の取組みを促進するためのサポートを求める声が多い
 対応を検討中の上場会社からも、良い取組み事例があると対応を進めやすいとの声が寄せられている

今後のフォローアップ
現状評価・課題
 今般の要請は、特にPBRが低い企業を中心に真摯に受け止められ、計画策定・開示の前提として十分な現状分析や検討が求められるため具体的な期限を定めていないものの、既に一定数の企業で対応が進められており、国内外の投資者からも企業の変化について概ねポジティブな評価
 ただし、既に取組み等を開示している場合でも、投資者の視点を踏まえると⼗分ではないと考えられる事例も⾒られる
 一⽅で、PBRが高い企業や時価総額が小さい企業において対応が相対的に遅れている状況や、上場会社/投資家等からのフィードバックを踏まえると、対応の進展が⾒られていない企業における課題として、以下のケースが想定される
• PBRが1倍を超えていれば、今般の要請は関係ないという誤解が生じている
• 経営者が対応の意義・必要性を⼗分に感じていない
• 対応を進めるためのリソースが整っていない

今後のフォローアップ
 上記課題を踏まえて、まずは企業における資本収益性や市場評価の改善に向けた取組みの検討・開⽰をさらに促進していく観点から、以下の施策を進めることとしたい
• 企業の開⽰状況や取組みの内容、企業が抱えている課題、取組みに関する投資家等からの評価等について、本フォローアップ会議において今後も継続的にフォローアップを実施し、企業や投資家等の市場関係者に周知
• 既にPBRが高い企業に対して、今般の要請は中⻑期的な企業価値向上の実現に向けた建設的な対話を促進するための施策であり、PBR水準に係わらず、全てのプライム市場・スタンダード市場上場会社に対応をお願いするものであることを改めて周知
• 投資者の視点を踏まえた対応のポイント(検討中とする場合を含む)や望ましい取組みの事例について、取りまとめ・周知(企業の形式的な対応を誘引しないよう留意)
⇒ 取組みの開示後における株主・投資者との建設的な対話の促進については「資料4」で検討

論点1:「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」の要請を踏まえて、コーポレート・ガバナンス報告書に記載した会社は、プライム市場の31%(379社)、スタンダード市場の14%(120社)。」
「東証の要請」にかかわらず、コーポレート・ガバナンス報告書(東証の上場規則に基づいて開示が求められる書類の一つ)に「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」を開示した会社はプライム市場上場会社の31%(検討中を含む)にとどまりました。P/Bが1倍を下回る会社が約半数あったとすれば、少なくとも50%の会社が「要請に」従って、コーポレートガバナンス報告書にそれを開示すべきだったと思われます。その背景には、(a) まだ上場会社に意識が希薄である、(b) 開示できるほどのしっかりした内容の対応施策が用意できていない、(3) 他社の開示動向を見てから対応を検討するが考えられます。今回の「東証の要請」は必須でないことも少なくとも影響していると思われます。P/Bが1倍未満のプライム市場上場会社の45%だけが開示していることからも、上記(a)(b)(c)のいずれかの理由で開示が遅れています。

論点2:「取組み等が開示されている場合でも、既存の開⽰を参照するのみで、資本コストを踏まえた現状分析・評価に関して言及がないなど、投資者との建設的な対話を進める観点で、記載が⼗分ではない事例も一定程度⾒られる」
実際に開示書類を見ると、内容が物足りないと感じる開示の方が多いのは残念というしかありません。究極的には、株主の関心は、株主利益の最大化という経営目標に対して経営者にキャッシュフローと資産の利用計画です。これらの計画が納得できる内容であるかどうかがポイントです。これらが開示された資料に十分な記載がされていないことが課題です。

論点3:「「資本コストや株価を意識した経営の実現」への取組みを進めるうえで上場会社が感じている課題として、外部要因による計画未達成のリスクや、取組みを実⾏するためのリソースや体制が整っていないこと、経営目標に組み込むことが難しい。」
「先⾏きが不透明な状況が続き、外部要因による計画未達成のリスクも⼤きい」に関しては、ただの言い訳の一つにしかすぎません。重大な外部要因が計画に影響を与える場合には投資家はそれを考慮に入れることは想像できます。たとえば、ISSは2020年の 議決権行使助言方針で「5 年平均 ROE が 5%に達していない企業の経営トップの選任議案に反対投票を推奨する方針は、コロナ禍の中で一時、適用を停止する」と変更しました。

「資本コストを踏まえた資本収益性向上を実⾏するためのリソースや体制が整っていない」に関しては、経営に必要な人材を確保できていないことを意味します。社内、社外の取締役がスキルベースで必要な人材を登用できていないことを会社が吐露しているのです。

「資本コストを踏まえた資本収益性向上を、経営目標に組み込むことが難しい」に関しては、会社が資本コストを十分に上回るリターンを生み出すことができる事業計画を打ち出すことができないことの現れということができます。上記は開示できる内容が会社の側に準備できていないことがわかります。

論点4:「P/B1倍未満の企業であっても、株式所有状況に偏りがある企業、特に支配株主を有する企業では、相対的に開⽰が進んでいない」
大株主がいる会社の場合、とりわけ親会社がいる場合には、親会社よりも子会社または関連会社の利益率よりも高い場合が多いのです(特定事業に集中している、親会社のブランドを利用できるなどの理由が考えられます)。これらの上場親会社の傘下の会社でP/Bが1倍未満などの株価が低迷している会社は、少数株主利益が確保されないリスクがある、流動性が少ない、自己株式買い戻しの施策を実行するのに制限があるなどの理由から、株価が本質価値に届いていないことが考えられます。20%以上50%未満保有株主がいる会社でP/B1倍未満の会社が34%しか開示していません。50%以上保有株主がいる会社でP/B1倍未満の会社が21%しか開示していません。一方で、20%以上保有の株主がいない会社は40%が開示しています。大株主が存在する会社ではP/B1倍未満で親会社よりも高い利益率の会社は、完全子会社化することが最も良い解決策と思われます。しかし、その結論に至っていないことが開示をためらわせていると思われます。

論点5:「企業における資本収益性や市場評価の改善に向けた取組みの検討・開⽰をさらに促進していく」
東証は「P/Bが1倍を超えていれば、今般の要請は関係ないという誤解が生じている。経営者が対応の意義・必要性を⼗分に感じていない。対応を進めるためのリソースが整っていない」との認識のもと、上場会社に取組みの検討・開⽰をさらに促していく計画です。株価が低迷する上場会社に対して課した課題に対していまだに提出できないでもがいている会社に対して、東証は「参考書(望ましい取組みの事例)」を与えて課題提出を促す計画です。自分で解を見つける努力をせずに、参考書からコピペして答案を作っても実態のない絵空事の計画に終わるものと想像できます。できるだけ多くの会社が自らが解を探して事業・経営戦略を開示することを願っています。

以上をまとめると、東証が8月29日に開示した第11回市場区分の見直しに関するフォローアップ会議の資料の概要とその論点を考えてみました。

「東証の要請」にかかわらず、コーポレート・ガバナンス報告書に「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」を開示した会社はプライム市場上場会社の31%(検討中を含む)にとどまります。「東証の要請」は必須でないことに加え、上場会社の側に開示できる施策が用意できていないことが背景にあると考えられます。

実際に開示した書類でも、株主・投資家にとって、株主利益の最大化という経営目標に対して経営者にキャッシュフローと資産の利用において資本コストを十分に上回る説得力ある計画を提示できた会社は少ないことが課題です。

大株主がいる会社でP/B1倍未満の会社ほど本開示が進んでいません。大株主が存在しP/B1倍未満の会社の場合、完全子会社化するか他社へ売却することが解決策として考えられますが、その結論に至っていないことが開示をためらわせていると思われます。いずれ結論が出るでしょうから、これらの会社には引き続き注目すべきです。

東証は上場会社に取組みの検討・開⽰をさらに促していく計画です。会社が自らが解を探して事業・経営戦略を開示しなければ、その開示は実現可能性が乏しい空虚なものになってしまいかねません。
コーポレート・ガバナンス・ランキング Top 100 をもっと見たい。
http://www.metrical.co.jp/jp-cg-ranking-top100

ご意見、ご感想などございましたら、是非ともお聞かせください。
また、詳細分析やデータなどにご関心がございましたら、ご連絡ください。

株式会社メトリカル
エグゼクティブ・ディレクター
松本 昭彦
akimatsumoto@metrical.co.jp
http://www.metrical.co.jp/jp-home/

 

 

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