こちらは、2026 年 4 月 7 日付の『日経アジア』紙に掲載された記事”Japan’s draft governance code revision contains little new meat”の日本語訳です。
日本のガバナンス・コード改訂案、「中身」は乏しい
拙速な「簡素化」が、大きな改善の機会を逸した
ニコラス・ベネシュ
(公益社団法人会社役員育成機構〈BDTI〉創設者)
金融庁の有識者会議は、わずか3回の会合を経て、5年ぶりとなるコーポレートガバナンス・コード(CGC)の改訂案を初めて取りまとめた。まもなくパブリックコメントに付される見込みである。
しかし問題は、この「ハンバーガー」には新しい「肉」がほとんど入っていないことだ。
今回の改訂案は、盛り込まれていない内容に照らせば、日本のCGCを世界水準へと近づける貴重な機会を逃したものと言える。他国のガバナンス・コードを十分に参照しているとは思えず、投資家にとっては失望を招く可能性がある。
進展が見られる点
もっとも、いくつかの重要な点では前進も見られる。ただし、それらは文脈の中で評価する必要がある。
まず、「読みやすさ」を高めるための文言の「簡素化」は、明確に評価できる。現行のCGCは冗長で読みづらく、投資家や取締役の多くが十分に読み込んでいないのが実情だからである。
また、「補充原則」を「解釈指針」と位置づけ直し、不遵守の場合に「説明」を要しないことを明確化した点は、混乱の解消につながる。ただし、これは両刃の剣にもなり得る。これまで実質的に原則として扱われてきた重要な補充原則が、「指針」とされることで軽視されるおそれがある。他国では、これを補うために、より詳細な「実務ガイドライン」を別文書として整備することが多い。詳細であるがゆえに、実務家に真剣に検討されやすいという利点がある。
企業が「現預金等の金融資産や実物資産等の経営資源を成長投資等に有効活用できているかを含め、不断に検証を行うべきである」と明確に強調した点は、トーンとして大きな前進であり、投資家から評価されるだろう。ただし、実質的な変更は、現金や金融資産を明確に「資源」と位置づけたことにとどまり、この表現も「コンプライ・オア・エクスプレイン」対象の原則ではなく、あくまで「指針」に過ぎない。
また、企業に対し、有価証券報告書を株主総会(AGM)の少なくとも3週間前に提出するよう促した点は、非常に歓迎すべき重要な追加である。この議論が加速した背景には、私が社外取締役を務めるアドバンテストが、定款変更によって7月に株主総会を開催するようにし、その1か月以上前に開示できるという「ファーストペンギン」となったことがある。これにより、事前開示は過度な負担だとする一部委員の主張は明確に否定された。
さらに、定款変更により株主総会日程を後ろ倒しすることを「原則」として企業に検討させている点も大きな前進である。副次的な効果として、日本特有の「株主総会集中問題」の解消にもつながり得る。
加えて、「取締役会事務局」の設置を推奨する記述が、指針としてほぼ半ページにわたり記載されている。多くの上場企業ですでに設置されているが、その役割は歓迎されるべきである。ただし、このポジションは上位職ではないため、その機能を十分に発揮できるかどうかは、最終的には独立した取締役会リーダーシップの有無に依存する。そしてその点は、多くの企業で依然として不十分である。
「開示のパラドックス」
企業に対し、「丁寧なエクスプレーン」を促すこと自体は、極めて健全な方向性である。実際、私は2014年に自民党に対してCGC導入を提案した際、またその後のメモでも、企業間比較分析が可能な開示と建設的なエンゲージメントを「車の両輪」として重視すべきだと主張してきた。
しかし皮肉なことに、形式的なチェックリスト型開示や質の低い開示の主因は、東京証券取引所自体が定めるコーポレートガバナンス報告書のフォーマットそのものにある。このフォーマットでは、「開示項目」のテキストをコンピュータが適切に解析できない。企業間比較が容易にできないため、多くの投資家は「ゴミのような開示」と呼んでこれを読まない。そして、指摘されない企業は、改善のインセンティブを持たないままである。
単に企業に対して「丁寧な説明」を求めるだけでは、この悪循環は断ち切れない。
欠けているもの
今回の改訂案には、他国のCGCや実務ガイドに一般的に含まれている重要な要素が依然として欠けている。有識者会議は以下の点を含む重要なギャップに対処すべきである。
- 「企業価値」の定義
CGCではこの用語が用いられているが、定義がない。シンガポールのように「長期株主価値」を意味するのか、それとも経営陣が判断する主観的な「本源的価値」なのか。 - 取締役会の独立性構成
過半数独立取締役を促すインセンティブがない。シンガポールやマレーシアでは、独立議長がいる場合を除き、過半数未満は認められない。その結果、シンガポールでは77.7%の企業で取締役の半数以上が独立取締役である。
前文案では「いずれはグローバルに活躍するプライム市場上場企業について、過半数の独立社外取締役が選任されるべきとの指摘があるいずれ確保すべき」と書いてあるが、本文には盛り込まれておらず、単なる一部委員の意見として位置付けられている。
- 独立した取締役会リーダーシップ
独立議長やリード・インディペンデント・ディレクター(筆頭社外取締役)の導入をさらに促進する内容が盛り込まれていない。これらの役割がなければ、取締役会事務局を含む重要な意思決定レバーに対する経営陣の影響力が過度に維持されてしまう。
- 議長の役割の欠如
シンガポール、香港、マレーシアのCGコードでは明確に規定されている「議長の影響力の大きい役割(influential role)」について、日本の改訂案では全く言及がない。ニデックやフジ・メディア・ホールディングスにおける最近の事例が示すように、この役割の重要性は明白である。
- 投資家との窓口
リード・インディペンデント・ディレクターの役割が、依然として社内の「調整機能」に限定されており、大株主との対話の窓口としての機能が明確に位置づけられていない。この点が曖昧なままでは、社外取締役と株主の対話を促すという指針も、実効性を持ちにくい。 - 委員会および手続の整備
リスク委員会やガバナンス委員会といった委員会設置の可能性についての言及がなく、また委員会一般に関する基本的な手続ルールについての指針も示されていない。さらに、アクティビスト対応や買収局面に備えた特別委員会の事前設置に関する示唆も欠けている。
- 任期制限
取締役の任期制限に関する示唆がない。
今回の改訂案がわずか3回の会合で作成された事実は、これらの論点を意図的に回避した可能性を示唆している。読みやすさの改善や成長投資への焦点は評価できるが、内部留保を有効活用できない根本問題に踏み込む必要がある。
今後2年間でより本格的な改訂が行われれば、金融庁と政権は真の改革者と評価されるだろう。ドイツではCGCは毎年改訂されている。
そのような取り組みがなければ、今回の改訂は結局のところ、「デッキチェアの配置を変えただけ」として記憶されるかもしれない。