「役員研修不要論」の誤解を紐解いてみましょう

1.役員研修が進まない現状

多くの企業で「役員研修」の実施に頭を悩ませています。コーポレートガバナンス・コード(以下CGCという)では、次のように定め、上場企業に、トレーニングの機会を提供する、紹介する、費用負担を支援する、それら対応の有無を確認することを求めています。

原則4-14取締役・監査役のトレーニング

新任者をはじめとする取締役・監査役は、上場会社の重要な統治機関の一翼を担う者として期待される役割・責務を適切に果たすため、その役割・責務に係る理解を深めるとともに、必要な知識の習得や適切な更新等の研鑽に努めるべきである。このため、上場会社は、個々の取締役・監査役に適合したトレーニングの機会の提供・斡旋やその費用の支援を行うべきであり、取締役会は、こうした対応が適切にとられているか否かを確認すべきである。

しかし、「役員研修」を上場企業自らが「提供する」といっても、何をすれば良いのか見当もつかない、「紹介する」といっても、研修提供機関を知らない、知っていても良し悪しの判断がつかない、という声も聞かれます。

経産省のコーポレートガバナンス・システム研究会のアンケート調査によれば、過半数の社外取締役が「コーポレートガバナンスに関する研修」の機会を提供されていないそうです。

会社側から、コーポレートガバナンスに関する研修の機会を提供された社外取締役は33%、研修を紹介された社外取締役を含めると47%です。過半数の社外取締役は、会社側からコーポレートガバナンスに関するトレーニングの機会を提供されていません。自主的にコーポレートガバナンスに関する研修を受講した社外取締役も27%います。

その反面、会社側が実施する研修があったは23.7%、会社側が第三者に委託して行う研修があったは16.7%、会社側から第三者が実施する研修を紹介されたと答えた社外取締役は19.3%でした(合計46.6%)。

役員研修が進まない理由の1つとして、「必要ないという声に遭って進まない」ということが、よく聞かれるのですが、このような声は役員研修の内容に誤解があるために出てきたものではないでしょうか。コーポレートガバナンスについて、企業役員、その候補者の方々は、どれだけ知っているのでしょうか。

2. コーポレートガバナンスを機能させるための役員研修

まず、上記のCGS研究会が「コーポレートガバナンスに関する」役員研修と銘打っていることは重要ポイントです。社内の組織や製品を社外役員に紹介することは、CGCが求めている役員研修ではないことがわかります。

コーポレートガバナンスが日本社会に急速に浸透したのは、2015年のCGC制定からです。当時CGC原案「経緯及び背景」冒頭には、コーポレートガバナンスの「加速」、「スチュワードシップ・コード」の策定、「資本の効率的活用や投資者を意識した経営観点」が記載されています。

それまでとは異なる観点から必要性が叫ばれ制定されたCGCであり、コーポレートガバナンスはまだ新しいコンセプトですから、これを知る必要はあるはずであり、だからこそ原則4-14も定められているのです。CGCの目指す目標と現実とのギャップにも、「役員研修不要論」が影響しているのかもしれません。詳しくみていきましょう。

3. モニタリング・ボードの志向

従来、マネジメントボードが主流であった日本では、取締役会は企業内部者から構成され、経営知識・経験が取締役の資格(資質)だと思われていました。経営知識・経験を備えたからこそ取締役に昇格した方に、経営知識の研修は不要ですし、経験はそもそも研修では身につきません。ですから、かつては「役員研修」という概念すらなかったわけです。

しかし、昨今のコーポレートガバナンスの加速によって、モニタリングボードが志向されること、経営と監督は相互に密接に関係しながらも別物であること、それがCGの重要ポイントであることが社会の一般認識になっています。そして、CGCも投資家も、企業にそのようなCGの充実を求めてきているのです。

「経営」と「指揮・監督」に必要な視点および知識は違う

イギリスのProfessor Bob Garrattによれば、「経営」(managing) は実際の経営・統制システムに実践的に取り組むことであり、部門、組織の観点からなされ、現場での日々の活動を対象とします。

これに対し、取締役会が行うのは会社の方向付けであり、経営の「指揮・監督」です。長期的な戦略を決めて、市場や環境の変化を見ながら会社全体を導き、様々な課題にボードレベルで対処するのが仕事です。

ある事業部門出身であるとか、何々畑であるといった縦割りを忘れて、会社全体の観点からどの部門を優先すべきか、冷徹な判断が求められます。思慮深くありつつも、起業家的な大胆な決断が求められます。ステークホルダーのことを考慮して会社の存在意義や戦略を俯瞰的に捉える目が必要になります。短期の結果に拘りながらも、長期的な視点を持つことが必要になります。優れた事業部門長として社内で成功を収めても、取締役会メンバーとして職責を果たすには、それまでとは全く違った態度、知識、スキル、考え方を必要とします。

また、財務・ファイナンスの知識が不足していることは、残念ながら、日本企業の経営層に一般的に見られる現象とも言われており、KPIの設定、ROIC経営への転換など、財務指標を使った客観的な企業経営の促進を妨げる一因となっているように見受けられます。

4. 研修実施率の低さの指摘

経営法友会役員研修に関するアンケート結果の分析と今後の課題─CGコードの適用を受けてには次の記載があります。

「アンケートによると、50%の会社について、役員研修の実施時間が3時間未満となっている。」

「役員研修実施率は社内取締役に対して53.9%、社外取締役に対して28.9%・・・実施率は低いという印象が拭えない。」

将来取締役のプールを構成する「執行役員」の「26.7%」しか研修を受けていない。

この経営法友会の記事は、「それまでに経験してきた事業運営や執行とは異なった領域であり、就任時に十分な知識を習得しているケースは稀であると考えられ、役員研修を実施しないことは、新任の取締役に対していささか酷ではないかとの感がある。」として、主に社内役員に目を向けて、役員研修の必要性を端的に指摘しています。

しかし、実は、上記の指摘は社外役員でも同様に当てはまります。元経営者、大学教授、弁護士や公認会計士、官公庁出身者の方が社外役員に就任することが多いものですが、元経営者の方には、上記の社内役員と同様の必要性が指摘できるでしょう。会社法を知る大学教授や弁護士であっても、会社法はコーポレートガバナンスの最低限を定めるものに過ぎませんから、十分とは言えません。また、会社法を超えてCGCを熟知していたとしても、ファイナンスや会計知識はどうでしょうか?このように考えていくと、役員研修が「必要ない」方というのは、殆どいない、いたとしてもごく僅かであることが、お分かり頂けるのではないでしょうか。

5. コーポレートガバナンスの形式から実質へ

今や多くの企業に、社外取締役が複数名おられ、指名・報酬(諮問)委員会が設置され、コーポレートガバナンス・システムが構築されたと言えるでしょう。今度は、コーポレートガバナンスが実質的に機能するように運用するフェーズです。そして、この運用には「役員研修」が不可欠なのです。

そして、実は、コーポレートガバナンスに焦点を当てた役員研修には、企業経営そのものへのメリットも大きいのです。以下は、コーポレートガバナンス研修によって経営陣が得られるものの一例です。

  • 曖昧になってしまいがちな長期的戦略とビジョンを明確化できる
  • 戦略や新規投資などを考える姿勢に自信が持てる
  • 課題意識の共通化、対処効率アップによって、業績があがる
  • 決定・承認がよりスピーディーになって、競争力が増す
  • 経営負担および時間の無駄が減る
  • 会社と経営者のライアビリティリスクが減る
  • これからの時代に会社に求められる社会責任を理解して、リーディング企業として行動できる
  • 健全なガバナンスおよびコンプラインスについて執行役員に良い手本を示す
  • 会社中に好ましい企業風土が浸透し、不正を防げる

6. 忙しい役員に割いてもらう時間がとれない

ここで「時間がない問題」にも目を向けてみましょう。経営陣の方は、分刻みのスケジュールでしょうから、数時間かかるイベントである役員研修を割り込ませることのハードルは高いことが想像できます。他方、非常勤である社外取締役の方々の時間が合わない、そもそも非常勤であるので頼みづらいというのも、想像がつきます。

しかし、役員研修がコーポレートガバナンスを機能させるためであるという趣旨に照らせば、経営陣の貴重な数時間をも割いてもらう価値が十分にあると言えます。また、コーポレートガバナンス・システムのアンケート結果において、社外取締役としての業務に費やした1ヶ月あたりの時間(取締役会出席時間を除く)を見てみますと、5時間以内としたのは32.2%であり、それ以外の多くの方はもっと費やしていることがわかります。社外取締役の仕事は、取締役会に出席して座っていれば良いという時代は終わり、取締役会の外でもかなりのコミットが必要になっていると、良識を持った社外取締役経験者の多くから指摘がなされています。

「時間がない」というのは、不要なものに費やすような時間はない、という意味であり、役員研修不要論の誤解と繋がっているように聞こえます。しかし、不要論が誤解に基づくものであることは、上述した通りです。

コーポレートガバナンスを機能させるためには役員研修が不可欠であり、そして役員研修は経営陣にとってもメリットをもたらします。役員研修不要論は誤解に基づくものであること、ご納得いただけたでしょうか。

7. 「研修」のスタイル

研修のスタイルとして次のようなものが挙げられます。

  • 多人数形式と少人数形式
  • 講師が一方的に語る講義形式と、講師と参加者、参加者同士が相互方向に発言するディスカッション形式
  • 知識を習得するナレッジ・ベースと、スキルを習得するスキル・ベース
  • 参加者間の相互理解やチーム・ビルディングを目的とするものと、そうでないもの
  • e-ラーニング形式とリアルのイベント形式

知識詰込み型は良くない、役員研修にe-ラーニングは相応しくないと、おっしゃる方がいるかもしれませんが、これらは一概にどちらが良い悪いというものではありません。カリキュラムを作成してみればすぐにわかることですが、実は、知識の補充もかなり必要になってきます。しかし、知識の補充を研修当日に長々行うわけには行きませんから、研修前後にe-ラーニングを利用するというのも、有効な時間の使い方です。

しかし、知識習得だけでは、やはり寂しいでしょう。企業の舵取りは主に取締役会、ないしその前後の会議で行われます。会議体というのは特殊な意思決定主体で、限られた時間の中で正確な情報を得て、メンバー間で十分に協議して結論に至る必要があり、後日その妥当性が試されます。会議に必要なスキルというものがありますが、それを習得できるような、インタラクティブでスキル・ベースの研修が望ましいと言えます。

また、上記したCGS研究会によるアンケートによれば、「企業側が抱いている役割期待が、必ずしも社外取締役に伝わっていない」とあります。取締役会においては、個別議題の議論・議決に忙しく、他の委員会等でも同じで、相互理解のために立ち止まって話し合う時間がないのだと、容易に想像できます。そのような時間として役員研修を使えば、相互理解、チーム・ビルディングに役立ちます。このような目的を最優先するのであれば、知識習得は二の次にして、ケーススタディを利用するなどして、参加者同士の会話を多く引き出すような研修が望ましいと言えます。発言の中には役員としての考え方、基本的なスタンスが現れますので、相互理解に役立ちます。

8.「役員研修」の参加者

「役員研修」の参加者をどうするかの点では、次のようなものが考えられるでしょう。

  • 取締役、執行役、監査役だけで行うものと、執行役員も対象者として含めるもの
  • 社内役員だけで行うものと、社外役員も含めるもの
  • 当該企業の役員だけで行うクローズド形式と、さまざまな企業の役員が参加するオープン形式

執行役員は法律上規定された役員ではありませんが、コーポレートガバナンス上重要な役割を担っています。執行部隊のトップである彼らの理解なしには、コーポレートガバナンスは実現しないでしょうし、彼らが昇進して取締役になるのであれば、役員研修の対象者にして、早いうちから経営陣としての考え方を習得してもらうのが将来のリーダー育成にも繋がります。

クローズド形式、オープン形式は、一長一短です。クローズド形式なら、当該企業にカスタマイズしたカリキュラムが可能となり、より欲しいものが手に入る確率が高まります。他方、オープンな他流試合に参加すれば、様々な業種で経験を積んできた方々と知り合うことができます。業種や役職が違えば考え方も違いますし、投資家サイドの方に出会えば大きな気づきが得られます。人脈を構築する絶好の機会にもなるでしょう。

9.講師(ファシリテータ)

次でしょうか。

  • 社内の方(例えば法務部長)が講師になるものと、第三者ベンダーがなるもの

社内慣習にとらわれてしまう、逆に当社の現実とかけ離れてしまう、どちらも一長一短です。しかし、参加者を考えてみますと、社外取締役同士ですら専門性・バックグラウンドは多様であり、共通項がありません。業務執行取締役との間も同様です。このようにバラバラな方々同士であれば、講師(ファシリテーター)も双方に等しく親和性がない方が、むしろ役員同士は繋がり易いのではないでしょうか。

10.役員研修の中身

肝心の「何を」ですが、役員研修にどのような科目を含めるべきか、これは非常に悩ましい問題です。必須科目として挙げられることが多いのは、次でしょうか。

①会社法
②金商法、J-SOX
③インサイダー取引規制
④独禁法

法律科目が続きましたが、次も考えられます。

⑤財務会計
⑥リスクマネジメント、クライシスマネジメント
⑦データセキュリティ

さらに一番難しいのが、次の科目です。

⑧コーポレートガバナンス上の役員の役割・心構え

①から⑦の科目は、弁護士や会計士等いわゆる「専門家」がいるので、巧拙はさておき、カリキュラムを組むことは容易です。しかし、会社法はコーポレートガバナンスの最低限であり、会社法で合格できる取締役行動が、コーポレートガバナンスの観点から及第点を取れるわけではないのです。ファイナンス理論を理解しても、それを企業価値の向上に結びつけることとの間には、なお開きがあります。その意味で、⑧コーポレートガバナンスが取締役に求める役割や取締役としての心構えを、経験から腹落ちする言葉で語れる講師というのは、非常に少ないのが現状ではないでしょうか。

もしも、見つからない場合でも、諦める必要はありません。経験豊かな社外取締役が参加してくれる研修にすれば、その方から意見を聞き、他の参加者も自分なりの役員像のイメージを作ることができます。

要は、役員研修の設計次第ということです。そして、それが全ての答えです。貴社にとって必要な役員研修は何か、つまり何を、誰が、誰に、どのような形態で提供するのかを明確にすることがスタートであり、ゴールなのです。そうすれば、どのような研修提供機関を選べば良いのか、自ずと明らかになるでしょう。

コーポレートガバナンスを機能させるためには役員研修が不可欠であり、そして役員研修は経営陣にとってもメリットをもたらします。役員研修不要論は誤解に基づくものであること、ご納得いただけたでしょうか。