社外取教訓#7:D&O保険がなければ自分で用意

社外取教訓#7:D&O保険がなければ自分で用意

2006年末のライブドア株主総会の招集通知に私は取締役候補者として記載されましたが、私の理解する限り、指名にあたっては私の同意を得ていません。予め面接を受けたのは事実です。面接から6週間後にまだ興味があるかメールで聞かれ、「興味がある」と返信しただけで、「やります」とは言っていません。でも、同意を得たかどうかよりも私にとってはるかに重要だったのは、私が明確に提示した条件のうち、ライブドアが動く必要のあった報酬の明示とD&O保険の確約という2つの件が全く実行されていなかったことでした。

D&O保険については、ライブドアが日本国内の20社以上の保険会社に尋ねて加入しようとしたが全て断られたと、同社の「顧問」から聞かされました。「保険ブローカーには頼みましたか」と尋ねると、日本語で「そんなことを言うのは失礼だ」と怒られ、「可能な限り手は尽くしました」と言われました。 私は、「これは私だけではなく、役員全員を守るためのものです。総会当日にD&O保険がなければ、私は取締役になるつもりはありません」と伝えました。

ライブドアが「嵐」に突入していくことは明らかであり、もちろん取締役として悪いことをするつもりはなかったのですが、何かが起らないとも限りません。D&O保険が最も必要な理由の1つは、万が一、不当な訴訟を起こされた場合の弁護士費用をカバーすることです。 それがないと、裁判で勝っても莫大な費用負担が残ってしまいます。

そこで私は、保険ブローカーのAonとChubb Insuranceの友人に電話をかけ、事情を説明しました。私が取締役に就任するかもしれないこと、そして他の独立取締役候補が評判の良い人たちであることから、Aonは動いてくれました。直ちに情報を収集し、新しい取締役会の構成とその内部慣行に関する査定レポート(アンダーライティング)を作成し、外国の保険会社に見せ、保険を提供してくれそうな会社を探すのに努めてくれたのです。

Aonが動きはじめた時点で、株主総会まであと3週間を切っていました。情報が集まりだして、2週間足らずでAONは査定レポートを完成させました。その間も「株主総会の時に保険がなかったら貴方は取締役にならないのか」と聞かれ続けました。 私が取締役にならなかったらどうなってしまうのか、おそれを感じているようでした。

ちょうど総会の2日前に、Chubbが1,000万ドルの保険をかけてきました。 正直なところ、私自身が取締役に就任していなければ、このような保険はかけられなかったと思います。なぜなら、私はChubbと長年の付き合いがあり、日本のコーポレート・ガバナンス改善に対する私の取り組みを知っていましたから。 このときのD&O保険の用意には、アンダーライティングだけでなく、個人的な信頼関係も不可欠だったのでしょう。翌日、他の保険会社2社も入ってきて、合計で3,000万ドルの保険を用意することができました。 総会の前日のことでした。

D&Oがなかったら、私は間違いなく手を引いていたでしょう。 信頼されるブローカーによる詳細なアンダーライティング・レポートを見て、それでも引き受ける保険会社がないような会社は危険すぎます。

皆さんも取締役になる際には、十分なD&O保険に加入していることを必ず要求してください。 日本では、急速なグローバル展開が進みながらも多くの企業が保険に加入していません。会社の加入している保険証券のコピーを受け取って、実際にどのような保険があるのかを確認し(あるいは保険ブローカーの友人に確認してもらい)、同様の状況にある企業と補償内容を比較してみるのが良い方法です。 これまでに私は2回ほど、相見積もりをとって、補償限度額を引き上げたり、各種条件設定を改善できないか、会社に提案したことがあります。 どちらのケースでもうまくいきました。 通常、会社と契約している保険会社は顧客を維持するために懸命に戦います。こういう場合に有効なのは、「この保険は私だけのものではない。 この保険は、役員全員を副次的なリスクから守るものであり、その心配をすることなくより良い意思決定ができるようにするものです」と強調することです。

会社がD&Oに加入していない場合は、保険会社や保険ブローカーに聞いて、加入するために必要なことを調べてください。諦めないでください。保険会社に必要とされてる主たるものは、会社が本来持つべきガバナンスの実践や内部統制などの方針に関するものです。その意味でも、アンダーライティングは非常に有益なフィードバックを与えてくれるでしょう。

ニコラス・ベネシュ
(個人的な立場で書いており、いかなる組織を代表する立場ではありません)。

備考:私がライブドアの取締役会で起こったことを語れるのは、同社がもう存在しないからです。通常、取締役は会社に対して「守秘義務」を負っており、取締役会の議論や機密事項については、死ぬまでその義務が続きます。しかし、ライブドアはもう存在しないので、私が義務を負うべき対象会社はもう存在しないのです。