社外取教訓#10:取締役が梶をとること

ライブドア社の役員に就任する前から、いずれ会社を清算しなければならないことは分かっていました。 ポータルサイトの運営に加え、何年も前から多くの企業を買収したのに、ビジネス上のシナジーはなく、子会社に対する監督もほとんど行われていませんでした。企業としての戦略もなく、事件によって企業ブランドも失墜していました。新規ビジネス獲得の観点からすれば、ライブドアの社名を冠していることで事業や子会社の価値を毀損している状況でした。
しかも上場廃止で、全株主が売れない株を抱えて怒り心頭でした。同社が起訴された刑事事件では有罪となる可能性も高く、 そのため、ただでさえ多くの株主が非常に簡単かつ低コストで提訴できる(当時の)証券取引法第21条の2に基づく民事上の損害賠償を、さらに容易く行うことができるようになりそうでした。わずか8カ月ほどで、損害賠償請求の総額は約1000億円に上りました。時効までまだ1年半近く(不法行為に基づく請求の場合はそれ以上の期間)が残っていて、 近い将来、さらに多くの訴訟が提起されそうです。もし会社が一部の訴訟の原告と和解しようとしたら、それを見た他の株主が同じぐらい高い損害賠償金を入手するために訴訟を起こすといった悪循環に陥ることも予想できました。終結していない訴訟に未提起の請求など、財務諸表上にまだ記載されていない「潜在的な債務」がライブドアにはありました。
こうした損害賠償に対応するために(できることなら低額の和解金で済ませたいところですが)、多額の現金が必要になるタイミングが近づいて来ていました。 しかし、私が聞いた限り、以前の取締役会はライブドアの保有するさまざまな事業をどのように清算し、どのプロセスで現金を捻出するかについて、明確な方針・計画を示していませんでした。個人株主の中には未だライブドアのファンでいて、将来的に再上場してくれるかもしれないという非現実的な希望を抱いている人が少なからずいました。社内にはポータルサイトへの思い入れもありました。こうしたことが上場廃止直後の取締役会に影響を与えていたのかもしれません。
一方、ヘッジファンドは会社価値を最大化するために「独立取締役」を指名したものの、実際にはファンド間でのやりとりがあって、特定の保有株や資産を誰が買うか、あるいは買わないか、そういう合意や「期待」がいくつもあったようです。
そこで、総会後最初にまとまった時間で開催された取締役会では、その時点で私なりに理解した、当社が直面する課題について要約するパワーポイントを配布しました。以下はその概要です。
当社に「コア」と言える事業があったとしても、それは当社が再び「継続企業」になる道筋がはっきりして初めて意味を持つものだ。当社の置かれた状況では、「コア」と「ノンコア」を仕分ける議論に明け暮れている暇はない。 私は、当面の間の解決策として以下のことを提案する。(a)取締役会は、最終的には当社の全資産・保有企業の全持分を売却する長期的な清算プロセスに入るという現実を受け入れなければならない。(b)この売却プロセスは、慎重に管理され、透明性も確保し、利益相反や特殊な利害関係を含まず、当社にとって価値ある全ての資産や保有持分を対象とした競争入札方式で進められなければならない。(c) 対外的には、情報を出すことがどう転ぶか分からないので(清算プロセスにあることは)当社の大きな方針だと公表しないこととし、会社の戦略としては「企業価値の最大化」を求めていると開示する。しかし、(d)社内では、「知る必要がある人には言う」方針で、子会社も含めた役員層をある程度巻き込むことは必要だ。
この資料はすでに他の2人の取締役と共有していたため、わずかな議論を経て会社の「戦略」として採用されました。
「取締役」の仕事と 「経営・執行」は違います。 取締役の任務は進む方向を示すことであり、全体の方向性を決めるのが仕事であって、細かいことを決めるものではありません。時には方向性を示し直して何度も確認することも必要です。 そのためには、最初からしっかりとした足場を作っておかなければならないのです。
ニコラス・ベネシュ
(個人的な立場で書いており、いかなる組織を代表する立場ではありません)。
備考:私がライブドアの取締役会で起こったことを語れるのは、同社がもう存在しないからです。通常、取締役は会社に対して「守秘義務」を負っており、取締役会の議論や機密事項については、死ぬまでその義務が続きます。しかし、ライブドアはもう存在しないので、私が義務を負うべき対象会社はもう存在しないのです。
他社外取教訓シリーズもありますのでぜひご覧ください。今後もまだ続きます!