安倍首相がすぐに成し遂げられる改革

https://jp.wsj.com/articles/SB10001424127887323596704578357351112404688

By NICHOLAS BENES

2013年3月13日 13:41 JST

原文 (英語)

 安倍首相はデフレ脱却と日本の経済再生のための計画として「3本の矢」を挙げている。これまでに私たちは最初の2つ、大胆な金融政策と機動的な財政出動についての多くの証しを目撃してきている。だが、3つ目の矢──「聖域なき」規制改革──についてはまだ待たされている。

 だが、日本に選択の余地はない。政府債務残高の対国内総生産(GDP)比が240%に達したことで財政刺激策は行き止まりに近づいている。生産性の伸びを復活させる構造改革を伴わない大胆な金融政策には、通貨戦争、貿易摩擦、インフレなどのリスクが付きまとう。それでも、改革の矢が本当に安倍首相の矢筒に入っているのかは全く不透明である。与党自民党が日本の既得権者の大半を作り、それに依存していることを思えば、疑われても仕方がない。

 日本政府はおそらく、数カ月後に壮大だが抽象的な「成長戦略」を発表するだろう。ところが、規制緩和、農業、移民、コーポレートガバナンス(企業統治)といった分野の大胆な改革に関して今年末までに決断するなど不可能である。したがって、「昔と変わらない自民党」が大きな改革を実施することはない、と市場は結論付けるかも しれない。

 だとすると、安倍首相は自らの信用を高めるために、いくつかの短期的な改革に急いで取り組む必要がある。それは、在任期間中になんとしても3本目の矢を放つのだという意志を示すことにもなる。その手始めとして最適なのが労働改革とコーポレートガバナンスの改善の2つである。

 労働改革は女性に的を絞るべきだ。日本は女性の就労率が先進国で最も低い国の1つなので、日本の女性は最大の未開発資源と言える。日本の企業で女性が管理職に就いている割合は11%未満である。

 その理由の1つは育児にある。都市部では託児所が慢性的に不足している(公式な待機児童数は5万人強)ため、最もスキルが高い女性でも子供を産むと事実上の退職に追い込まれ、のちに復職できる可能性もほとんどない。

 安倍首相は短期的な対策として、2013年と2014年の託児所建設予算を3倍にすることができる。また、日本は柔軟で家庭に優しい労働方針──例えば、数年の子育て期間後に復職する権利を与えるなど──を掲げる企業に対してはその見返りとして法人税の特別控除を与えるというプログラムを導入することもできる。

 より広範な労働市場の柔軟性に焦点を当てると、日本は新規採用社員の試用期間(現在は2週間と定められている)を延長すべきである。これには雇用者の採用リスクを軽減する効果がある。こうした「頭を使わなくても非常に簡単にできる」労働関連の措置を一緒に実施すれば、日本の厳格で時代錯誤な労働法を将来改正するときの基礎にはなるだろう。

 同じように安倍首相は、比較的簡単に実施でき、それでいて改革への決意を示せるコーポレートガバナンス改革に重点を置くこともできる。自民党の選挙政綱にはこれに関して断固取り組むとする項目があり、複数の社外取締役を置くことを義務付け、監査のプロセスを改善することを提案している。こうした改革は強く求められている。慶応義塾大学大学院経営管理研究科の齋藤卓爾准教授の分析は、たとえ1人でも社外取締役がいれば、日本企業の業績改善につながるということを示している。

 ところが、自民党による改革法案が短期間で成立する見込みは全くない。というのも、自民党の最も重要な支持団体の1つである産業界のトップたちが過去にも一貫してそうした提案を拒否してきたからだ。

 それよりもずっと簡単な第一歩があるではないか。驚くべきことに、取締役会の85%が「社内」取締役で占められているにもかかわらず、日本は会社役員のオリエンテーション、研修、継続教育に関するルールが全くない世界でも数少ない国の1つとなっている。

 ニューヨーク証券取引所から韓国、シンガポールまで、ほとんどの市場には役員研修に関するルールがある。そうした研修を行えば、少なくとも役員たちが自らの法的責任について知っているということ、目を通して承認する財務諸表の内容を理解できるということは確実となる。

 今のところ日本にはコーポレートガバナンスのコードがなく、役員研修に関するルールもない。したがって、予想通り、日本の会社役員の圧倒的多数が研修を受けていない。大半はそれ以前の役員経験や別の会社で働いていた経験さえないのだ。

 日本には会計や法律について知るための監査役──会計監査を行い、取締役会の決定の適法性を監視するのがその務め──の知識の習得を義務付けるルールもない。日本では美容師が満たさなければならない基準の方がよっぽど厳しいのである。

 安倍首相が現状を変えるのに必要なことは、年次コーポレートガバナンス報告書に関するガイドラインの見直しを東京証券取引所に強く提案することだけである。東証は上場企業に対し、役員・監査役研修に関する方針の公開を義務付けることもできる。企業はその方針に従うために過去1年間に研修を受けた人の数を公表することになるだろう。

 上場企業にとってもかなり小さな負担で済む。そのガイドラインに沿った研修方針がない企業は、その事実を公表するだけでいい。それによって投資家は、承認することを依頼されている取締役会の最低限の能力を確認するのに有意義なデータポイントを入手することになる。

 法律改正は必要ないので、この方針は数カ月で実施できるはずだ。最も重要なのは、恥を重んじる日本において、新たな開示項目は信頼できる外部研修を促すことになり、それがガバナンスの強化や日本の資本市場の信頼回復にもつながるということだろう。

 安倍氏の自民党総裁選出は日本の見通しに関していつになく楽観的な期間をもたらした。経済が直面している深刻な問題を思うと、そうした見通しのいくつかは非現実的なのかもしれない。それだからこそ、勢いをつけるためにも、安倍首相は比較的簡単な改革をますます重視すべきなのである。

(筆者のニコラス・ベネシュ氏は公益社団法人・会社役員育成機構(BDTI)の代表理事を務めている。)