公的債務の対GDP比に関する長期予測がない日本政府

https://jp.wsj.com/articles/SB10001424127887324802804578609322653511526

By NICHOLAS BENES 2013年7月16日 19:47 JST

 

原文 (英語)

 6月14日に閣議決定された待望の「成長戦略」には、2021年から公的債務の対国内総生産(GDP)比を減少させるという目標も含まれている。日本の急増する公的債務の対GDP比を安定化させるのに、経済成長は欠かせない。経済協力開発機構(OECD)は2012年のその比率を加盟国では過去最高水準となる220%と推定している。今年4月、OECDと国際通貨基金(IMF)の両機関が別々の報告書で、日本には増大する財政赤字を抑制するための「説得力のある」計画を立てる差し迫った必要性があると指摘した。

 閣議決定や発表が相次いでいるので、説得力のある計画の基礎となり得る長期予測は、政府内の独立した専門のアナリストたちによってすでに出されていると思われがちである。6月の計画承認の決定も、新たな成長戦略や急速に進む高齢化が向こう数十年間にわたって縮小する労働人口に課すことになる膨大な福祉費用の負担の予期される影響を反映させた最新の予測に基づいたものだと考えている人もいるかもしれない。

安倍晋三首相ILLUSTRATION: Reuters

 そう考えているとしたら、それは間違いである。最近、閣議決定された経済計画は実際のところ、2023年までしか見通していない中期予測に基づいている。しかもこの予測はまだ「アベノミクス」という言葉が存在すらしていなかった昨年8月、当時の民主党政権の内閣が出したものである。

 内閣が自らの物差しを使い、「成長シナリオ」に従って計算したところ、公的債務の対GDP比は来年に189%というピークに達し、2023年には187%に縮小するという結果が出た。成長が「控えめ」だった場合、その数値は2023年に221%にまで増加する。2023年以降の予測はまったくなされていない。

 少し信じ難いが、日本には長期の予算予測の責任を担う独立した組織がない。日本が赤字を正常化するのにこれほど苦労している理由もここにあるのかもしれない。財政問題が将来どれほど大きくなり得るのかをほとんどの人が単純に知らない。

 これとは対照的に、欧州委員会の「財政の持続可能性に関する報告書」は欧州連合(EU)加盟各国の公的債務の対GDP比を少なくとも2030年まで、公共福祉費の主な構成要素については2060年まで予測している。米国では、議会予算局(CBO)が成立した予算案の財政的影響を75年先まで推測することを任されている。そして英国では、1998年財政法が事前予算案で30年間の「説明に役立つ長期予測」を示すことと、政府が50年間を対象とする長期財務推計を毎年発表することを義務付けている。

 欧米の予測の仕方に関しては議論があるかもしれないが、こうした独立組織による長期的な分析は長期的な見通しに的を絞っており、どのような要因がこうした結果に影響を及ぼすかという議論の出発点を提供してくれる。少なくとも論じるべき長期予測の第1弾が出てくるまで、日本は議論すら行えない。

 日本には10年以上先までの分析を行っている組織などないのだろうか。いくつかの民間部門の調査機関や数人の学者たちがこれを行ってきた。その結果はかなり厳しい。

 2013年4月の三菱総合研究所(MRI)の報告書によると、公的債務の対GDP比は2015年の193%から2030年には270%に、約40%増加するという。MRIが使っている物差しは少し異なるが、向こう17年間にGDPが100兆円増えるという「成長シナリオ」でも、その数値は2030年までに223%に拡大してしまう。

 さらに言えば、これはすべて10年物日本国債の金利が2025年まで低く推移し、2025年から2030年までの期間だけに2%を超えるということが前提となっている。金利がもっと速く上昇すれば、すべてに番狂わせが生じる。たとえば、MRIは2025年から2030年までの期間に金利が3.4%に上昇すると、公的債務の対GDP比が300%を上回り、5.4%に上昇すると約350%になると予測している。

 残念ながら、これはまったく考えられないことではない。今後15年間、そしてその後も、日本の高齢化が進む家計部門は預金を激減させ続けるので、日本は国債の買い手に関して、これまで以上に外国人投資家に依存するようになり、その大半が国内で所有されていたときよりもボラティリティが増し、金利も高くなる時代の扉が開かれることになる。

 法政大学の小黒一正准教授と独協大学の高畑純一郎専任講師も独立した分析を行った。両氏は出生率、財政改革といったさまざまな要因が未来の公的債務の対GDP比に及ぼす影響を示す9つの模擬演習を実施した。その結論はMRIの報告書よりも包括的で、説得力でも勝っているが、より厄介なことにもなっている。両氏の分析では2050年の公的債務の対GDP比が低いもので304%、高いもので995%となり、9つ中7つのシナリオで771%を超えてしまった。

 もちろん、これは模擬演習に過ぎない。日本の公的債務の対GDP比が実際に300%を超えたら、財政・金融危機のリスクが大いにあるということは研究者たちやMRIの調査員たちも認めている。国債の金利が上昇すると、劇的な予算削減か、深刻な不況か、財政インフレか、この3つの組み合わせを招き、過剰な国債のマネタイズ(貨幣化)からデフォルトにさえ陥りかねない。

 高い公的債務の対GDP比に対処する上で、日本政府にはできることがまだたくさんある。出生率を上げる政策を実施したり、より多くの移民を受け入れたり、消費税を15%といった水準に引き上げることもできる。しかし、こうした大胆な政策を実行するには、将来に起きるかもしれないことをより明確に理解しておく必要がある。その手始めとして、日本政府は長期的な財政・経済予測の形式化に向けて取り組むのが得策であろう。

(筆者のニコラス・ベネシュ氏は公益社団法人会社役員育成機構の代表理事)