日本にはより大胆なアベノミクスが必要
https://www.wsj.com/articles/SB10001424127887323614804578528601828081388
By NICHOLAS BENES
2013年6月6日 16:51 JST 更新
原文 (英語)
日本の安倍晋三首相は5日、これまでも誇示されてきた経済改革の「3本目の矢」について、さらに内容を明らかにした。財政支出の増額と劇的な円安に続き、安倍氏は今回、構造改革案を提示した。しかしこの矢は、特に2つの重要な改革分野で的を外している。人材の流動性と投資への優遇税制だ。
閣議決定が来週予定されているこの構造改革案には、マイナーな施策や壮大な目標、長期的な数値目標が多く盛り込まれているが、最も必要とされる市場全体に影響があり強いインパクトを持つ具体的な政策の提示はなかった。多くの一般的に良いテーマやアイデアに言及しているが、結局、小規模で限定的な規制緩和と産業を特定した改革のごった煮であり、これらを評価するには、まだあまりにも漠然としている。
日本が必要とする政策よりも「小さい」という点で、これは失望だ。安倍政権が正しい方向に進んでいるというこれまでの期待に十分答えていない。
自民党の日本経済再生本部は5月に50ページにも及ぶ堂々とした「中間提言」を公表した。これは安倍首相の「3本目の矢」の土台づくりだった。
この提言は、作成者らが呼ぶところの「産業の新陳代謝」を増大させる必要性に焦点を絞っていた。つまり、資産と人的資本を最も生産的な領域に配分する経済の効率性のことだ。これには市場へのより容易な参入と撤退も含まれる。提言には多くの良いアイデアが含まれていた。例えば、女性の労働参加を増やすことや、上場企業に独立社外取締役1人の設置を義務付けること、また企業の合併・買収(M&A)を促進することなどだ。
安倍首相の「聖域なき規制改革」や「規制緩和は成長戦略の一丁目一番地」といったすばらしいスローガンにもかかわらず、この提言の広範さと具体策はどうしたわけか安倍氏の講演では薄められてしまった。例えば安倍氏は、少なくとも1人の独立した社外取締役の「確実な導入」とした提言の約束には言及しなかった上、これらの社外取締役の存在をより効果的にするための規則の変更や取締役としての教育が必要であることにも触れなかった。
一方で、安倍氏の講演は中間提言の主な欠点をさらに強調することになった。最も重要な2つの改革を無視したためだ。1つは補償金を条件にした解雇を明記する労働法。もう1つは全産業にわたる投資への優遇税制だ。特に、欠損金の無制限の繰り越しを認める税法に変えることだ。そうすれば日本は大方の成熟した先進国に並ぶことになろう。
これらの2つの改革は、他のいくつかの非常に重要で強い反応が予想される政策の前提条件だ。女性の労働参加率の向上をとってみよう。日本の減少する人口という見地からすると優先課題として正しいものだ。自民党は最近、子どもを預けられる施設の増設や労働規則の柔軟化、管理職への女性登用の目標設置といった政策に焦点を絞った。安倍氏も、講演の中で「女性の活力」の解放は自身の戦略の3本柱の1つであると強調した。
しかし、こういった政策の効果を完全に発揮させられる唯一のものは、全体的な労働流動性の増大だ。そうでなければ、女性は就労と昇進の機会が男性に比べて依然として少ない状況に直面することになる。
この点で、安倍氏の方針は十分ではない。日本には2種類の労働市場ができている。法律によって一般的に解雇から守られている「正規従業員」と、守られていない「非正規従業員」があり、労働市場に占める割合はそれぞれ60%と40%だ。正社員の安定性は実質的に、解雇の柔軟性をほとんど全て背負う非正社員の存在によって守られている。業績が悪いときには、企業は非正規の従業員をその功績に関係なくレイオフする。それにより、最も能力の低い正社員でさえ解雇を免れることになる。
この2分されたシステムは特に女性にとってやっかいだ。女性は子どもができると、就職と離職の融通性を求める可能性があるが、こういった選択が女性たちを非正規のカテゴリーに事実上追いやることになるからだ。同様に、新興企業が新規採用する際に、潜在的な法定費用や無駄に時間のかかる手間をそれほど心配する必要がなければ、起業家精神を促進させる政策はもっと効果を発揮するだろう。
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しかし、自民党は現行システムを改革するのではなく、雇用と解雇の柔軟性を増大させることになる労働法のアイデアを提示しただけだ。しかも対象は一部の労働者であって、すべてではない。古い2分されたシステムはしぶとく残るだろう。
安倍氏はまた、税率が低く規制も少ない「国家戦略特区」の創設を提示した。しかし、単に「特区」を提案することは、すべての企業の投資を後押しすることになる産業全体の税制をすっかり取り逃がすことと同じだ。
例えば、まさに自民党の5月の提言が描いてみせたような方法でイノベーションや生産性を最も高めることになる長期的な投資や事業の再構築を検討している新興企業や既存企業にとって、欠損金に対する税制上の優遇措置を維持することは、予期される投資利回りのリスクを軽減させることになる。
新興企業や長期的な研究・開発(R&D)、また資本を集中させたプロジェクトなどはたいてい、最初の利益を上げるまで何年間にもわたって欠損金を生じさせる。ところが、日本の税制は現在、欠損金の繰り越しをわずか9年しか認めていない。対照的に、英国やフランス、ドイツ、シンガポール、香港は無期限の繰り越しを認めている。米国の場合は20年、繰り越しができる。
おそらく安倍氏の改革のアイデアは今後も出てくるだろう。安倍氏の言行は一致しているように見えるし、夏の参院選を控え、議論を呼ぶような政策をさらに提示するには二の足を踏んだということかもしれない。しかし効果的であるためには、次の政策はさらに大胆に、さらに広範囲である必要があろう。
[筆者のニコラス・ベネシュ氏は公益社団法人・会社役員育成機構(BDTI)の代表理事]