
- 三つの機関設計は他国に例がない
- 混乱、不勉強、非効率的な対話を招く
- 会社法改正は絶好の「一体化」機会
不思議な国日本の限界
ご存知の方も多いと思いますが、日本の上場企業は3種類の法的ガバナンス「機関設計」から選択できます。 1つは議決権のない監査役による伝統的モデル、 2つ目は多くの国で採用されている「指名委員会等設置会社」(日本ではほとんど採用されていない)、 3つ目は近年普及してきた「監査等委員会設置会社」です。
上場企業がこれほど多様な機関設計を選択できる国は他にほとんどなく、海外投資家にとっては奇異に映ります。なぜなら、本来、投資家が企業を一貫性ある尺度で比較分析し、効率的に対話できるようにすることが目的のはずだからです。(残念ながら日本の投資家の多くは、以前からこの制度への疑問を諦めています。)
事実、この「三つの機関設計」は、経営者と投資家双方の間で混乱を生みます。それぞれの設計の違いや長所・短所を十分に理解できていないケースも多く、細かい注意点や組織変更の必要性を正確に把握できないことも少なくありません。取締役会は導入段階で時間をかけるものの、最初から十分に機能するとは限りません。投資家も企業の説明を理解できず、さらに別の設計への変更を求めることがあります。
その結果、企業と投資家の「対話」の効率は低下します。上場企業が採用する機関設計と、それに伴う未標準化の実務に多くの時間が費やされ、十分な知識がないまま試行錯誤する場面が多いのです。投資家も経営者も「必要になったら勉強する」と考えがちですが、必要なときにはすでに手遅れになっていることが少なくありません。
このような状況になった背景には、会社法の進化の過程があります。機関投資家から特定の改革要請が出るたびに、経済産業省は既存枠組みを修正するのではなく、新しい設計を導入してきました。一方で、法務省は投資家の利便性や「分かりやすいガバナンス目線」を十分に考慮していなかったようです。このやり方の結果、ガバナンス改革に抵抗する企業は長年、ガバナンス・プラクティスをほとんど変更する必要がなく、三つの異なる機関設計が併存する状況になりました。
私が務める公益社団法人会社役員育成機構(BDTI, bdti.or.jp)では研修を通じて三つの機関設計について教えていますが、細かい違いや課題、プラクティスをすべて網羅することは困難です。時間がかかる上、説明の多くは特定の受講生にとって現時点で関係のない内容になることもあります。
機関設計の複雑さは、単純に三倍では済みません。いくつかの具体例を挙げれば理解が進むでしょう。
- 指名委員会・報酬委員会が法的義務となっている設計もあれば、他の設計では任意の諮問委員会しかすぎず、最終決定は取締役会が行う。
- 広範な決定権限を執行者に委譲できる設計もあれば、株主代表訴訟を通じてすべての執行者の責任追及(アカウンタビリティ)が可能なのは1つの設計のみ。
- 「監査等委員会」も指名について意見を述べる権利を持つが、その意見は拘束力を持たない。
5人の執行役員と5人のファンドマネージャーに、「執行役員と執行役の違い」「独任制と合議制の違い」「[特定企業]の委員会の決定が取締役会に拘束力を持つか」などを尋ねても、正答率はおそらく3割にも満たないでしょう。
機関設計の一体化は絶好の機会
今年・来年、法務省の法制審議会は会社法改正を議論し、金融庁はコーポレートガバナンス・コード(CGC)を改訂する予定です。これは、上場企業が採用する三つの機関設計を一つに統合する絶好の機会です。(勿論、非上場企業向けには、既存の設計を段階的に利用可能にすることができます。)
一つの機関設計に統一されれば、金融庁はより読みやすいCGCを策定でき、標準化すべきベストプラクティスを短く明確な文章で提示可能になります。三つの設計に対応するために抽象的で長い文章を書く必要もなくなり、混乱が解消され、投資家との対話はより有意義な議題に集中できるでしょう。
事業報告書と有価証券報告書の「一体開示」と同様に、ガバナンス改革の観点でも、機関設計の「一体化」は不可欠です。コーポレートガバナンスの目的は、特に公開企業において「方向付けと統制」を最適化し、株主と社会の利益のために開かれた議論、健全な緊張感、説明責任・アカウンタビリティを実効的に実現する組織を創出することにあります。現状の快適な設計の維持を目的とするのではなく、効果的なガバナンスの実現が最優先されるべきです。
現時点で法務省にこのような野心的なプランはありません。しかし、政治的主導のもとで「Boys, be ambitious」の精神を込めた改革を推進することが何より重要です。