提案者の視点: ガバナンス・コードの生まれ方、残っている課題 (ベネシュ)(アップデート)

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私は2013年10月に金融庁主導のコーポレートガバナンス・コード(以下、「コード」という)策定を自民党の議員らに提案した。2014年2月には日本経済再生本部と自民党の金融調査会に対して、コーポレートガバナンス・コードの発想、スチュワードシップコードと「車の両輪」の関係にあることなどを説明した。

言い出しっぺとして、私は早い段階で色々なアイデアを議員らおよび金融庁に勝手に提案できる(する)立場になった。コードの内容について金融庁の油布志行氏に提出したメモの内容、「日本版コーポレートガバナンス・コードに含めるべき重要事項」はこちらあります。もともと英語で書かれたバージョンはこちらにあります。(尚、このメモはあくまでも私個人として準備して提出した。)

そのときの私のアイデアの中にはそれがそのままコード項目になったものが少なくない。しかし、外から言うのは簡単であって、実際に難しい調整を行ったのは自民党の塩崎氏、柴山氏、そして金融庁の担当チームだった。彼らの献身的なリーダ―シップに感心した。 (また、言うまもなく、コードが実現されたのは、多くの方(注釈1参照)の長年にわたる努力の結果でであった。)

あれから二年も経っている。2014年7月に上金融庁に提出したメモの内容のなか、採用された項目についてはもちろん嬉しいだが、何しろ日本の歴史上最初のコーポレートガバナンス・コードだから、もちろん完璧ではない。どこの国と同じように、これから内容と実施現状について更なる改善を期待する。「コード」の制定は大いに評価できるが、スタートラインに立ったに過ぎないとの認識が重要である。他国では失敗に終わった「コード」がたくさんある。「コード」を日本で成功させるためには、これを最後まで責任をもってやり通すこと(follow through)が重要である。

この点に関しては、ドイツの例に倣い、日本もコーポレートガバナンス・コードを毎年検証して継続的に改訂を検討すべきだと思う。(ドイツの法務省は、そのような検証のために法律だ定まっているプロセスに沿って永続的な少人数の専門機関を正式に創設している。)

「コードに含まれていないが、必要であると思われるもの」

そこで、今まで企業の実施ぶりを背景に私個人の視点からみて「コードに含まれていないが、必要であると思われるもの」および「 コードで触れているが、例に過ぎないか詳細が不十分など、力不足と思われるもの」という二つの「残っている課題」を特定して、上記の金融庁に提出したメモにそれぞれ別な色でマークした。そのようにマークされた結果はこちらにあります。

主な「コードに含まれていないが、必要であると思われるもの」課題(黄色)は以下の通りです:

  • コーポレートガバナンス・ガイドラインの作成
  • 役員の退職後にもらう報酬の個別開示 (相談役、顧問などの報酬の開示)
  • 指名、報酬、その他 会社の利害と経営者の利害が異なりそうな課題を事前に検討する、独立社外取締役でしか構成されていない諮問委員会の創設
  • 各々の独立社外取締役の独立性を判断した際に考慮した全ての情報の開示
  • もっと分かりやすいガバナンス体制についての(まとまった)情報開示
  • 執行役員の場合、「兼業の禁止」ルールを緩めるべきである原則
  • 会社法が改正されることを先取りして(以下ご参照)、「委任契約型」の執行役員体制を検討すべき原則

主な「「 コードで触れているが、例に過ぎないか詳細が不十分など、力不足と思われるもの」は青色で塗っている。

会社法改正として必要なのは、監査役会設置会社に用いられる(指名委員会等設置会社にあるおうな)法的有効性、善管注意義務を負う「執行役」のポジションを設けるべきだ。これがなければ、最近議論になっている「ボードが果たす社長の選解任役割」の課題は実務上、解決されない。

コード制定の経緯には、意外な意義

振り返ってみれば、私が最初にコーポレートガバナンス・コードの策定を提案した2013年から、ずいぶん世の中は変わった。二つのコードの導入そのものが大きな変化を反映している。一人の個人、そしてお二人の議員の提案が広がってこのように実現できたことが、日本の政策作りのプロセスがより健全な方向へ、つまり合理性と分析を中心とする政治主導型の政策立案プロセスへ、変わりつつあることを物語っている。

発端は、2010年に在日米国商工会議所(ACCJ)の理事として「成長戦略タスク・フォース」を立ち上げたことだった。日本は財政赤字悪化と人口減という恐ろしい課題を抱えており、その観点から我々が見ると、当時の日本政府が発表する成長戦略の類はとても乏しい内容だといわざるを得ず、我々はそれに危機感を抱いた。私は35人ほどのチーム・メンバーと寄附金を集めて、まずは一橋大学の深尾京司教授に実証分析を依頼した。深尾先生はその分析と結論を説明する97頁の論文、「日本経済再生の原動力を求めて」を書いて下さった。(2年後に、同研究を基に深尾先生が書いた本、「『失われた20年』と日本経済 構造的原因と再生への原動力の解明」は日経・経済図書文化賞をもらった。)

そして、先生の分析に基づいてタスク・フォースが「成長に向けた新たな航路への舵取り ~ 日本の指導者への提言」という100頁の白書を書いて、日本政府、議員、その他さまざまな方に数年をかけて説明した。 *

白書の主要結論と個々の提言した具体策は、ガバナンスに関する提言も含め、外資系企業うんうんのために書いたのではなく、純粋に日本経済全体の再生に不可欠と思って、その目的で書いたものだった。我々は日本経済が危機に直面している、と意識していた。

「成長に向けた新たな航路への舵取り~日本の指導者への提言」

(ACCJ白書、目次)

  • 総論:新成長戦略のすゝめ
  • 在日米国商工会議所の成長戦略タスクフォース・プロジェクト
  • 希望的観測によらず、分析に基づいた政策
  • 真の政治的リーダーシップの尺度
  • 技術は成長の源泉
  • 日本はもっと出来る!
  • 実現した国の例
  • 深尾・権レポート:的を射た分析
  • Eberhart-Gucwaレポート:進展の兆し
  • 重要な分析結果と政策的含意
  • 日本の新経済戦略への舵取り
  • 起業を促進し市場にイノベーションをもたらし未来の企業を創出
  • 成長促進及び雇用創出の為の対日直接投資の拡大
  • 全ては教育から始まる:日本の国際化、若年層の再活性化、知識産業の推進
  • 税制で成長と競争力を活性化させ、生産性ある投資とイノベーションを推進
  • 日本への投資を促進させる為の規制や法制度の透明性及びアクセスの向上
  • 「オープンコンバージェンス」の推進でインターネット・エコノミーの最大化
  • 労働流動性の向上が、世界市場における日本の競争力を改善
  • 投資と成長を刺激する為の日本の移民政策の緩和

「日本経済には生産性向上が急務だ」

その後、数年の間、深尾先生の論文と本、および白書は広く政府、議員、官庁等の政策立案者に読まれた。委員長である私にとって、プロジェクトのインパクトはもともとの期待をはるかに超えた。特に、深尾先生から教わった白書の中核的な概念、つまり生産性向上、収益性向上、経済の新陳代謝向上が日本経済再生に必須条件である、という発想は深く根を張った。経済学者にとって真新しい発想ではなかったが、読みやすくまとめられていて、かつ、豊富な具体策が提言されていた。「日本には、第三者の客観分析に基づいて、政治家がリードする、説得力ある成長戦略が必要だ!」と警鐘を鳴らすことによって、アベノミクスの「第三本の矢」の基盤をそろえたと言えよう。

結果、2014年には「人口減の日本では、生産性向上が急務だ」という正しい現実認識が多くの人に共有された。そのことが、コーポレートガバナンス・コードに関する私の提案が実現した背景にある。逆にいえば、コーポレートガバナンス・コードの基盤となった発想を提供したのは官僚、あるいは、規制される側の産業界ではなく、独立した経済専門家であり、そこが政策実現への道として新しいといえる。私の案はその恩恵を受けた。これは、今後とも日本の政策立案プロセスにとって極めて重要な点だと思う。

会社法改正についての不毛な議論の打開策として、コードを提案

2013年には、私も含めて大勢の方々が参加していた会社法改正議論が足踏み状態に陥っていた。発想転換が必要だった。そこでCGコードの導入に一役買えたのは、私にとって大きな誇りだ。

主なネックは、たった一人の社外取締役の「義務付け」について2年以上前から続いていた不毛な議論だった。そこで、その打開策として、2013年10月に私はWall Street Journal に「アベノミクスが必要とする改革とは」という記事を寄せ、コンプライ・オア・エクスプレインの原則を採用したガバナンス・コードを提案した。その直後、金融庁主導のガバナンス・コードの発想を塩崎恭久代議士に説明して、二つの詳しいメモも提出した。そして2014年1月には「法と経済のジャーナル Asahi Judiciary」に「上場企業が目指すべきベスト・プラクティスの行動基準を」の見出しの下で日本版コーポレートガバナンス・コードの策定を提案する記事を寄稿した。この内容は、細かい法的な点は別として、塩崎代議士に説明した主なメモ内容とほぼ同じだ。(メモ: (1)サマリー 、(2)予算が要らない、最大に評価される三本目の矢、(3)メモの追記、(4)諸外国の例。)

 

2月6日に自民党の日本経済再生本部の金融調査会に呼ばれて、コードの概念、政策としての位置付け、入れるべき内容の例を「日本経済の復活のため、コーポレート・ガバナンス・コードの早期制定を」というプレゼン資料を使って説明した。その後、議員らにさまざまなアドバイスと提供させていただいた。

私は、最初から、CG・コードとスチュワードシップ・コードが「両輪」として機能すると主張し、CGコードは金融庁主導で導入すべきだと訴えた。企業のコーポレートガバナンス強化は市場からの要請であり、金融庁がイニシアチブをとるべきだと考えたからだ。塩崎代議士が強力にコードをプロモートし、金融庁や取引所にもコードが必要であるとの理解が浸透した。政治家として素晴らしいリーダーシップを発揮して頂いたと思う。そして5月の「日本再生ビジョン」の中でコード導入が提言されたのだ。6月に発表された政府の正式な「成長戦略」の柱としてコードの政策が確定された後、私は出来るだけ早くコード内容(事項)について自信の細かいアドバイスをメモにまとめて(英語版はこちら、日本語版はこちら)、7月にコード策定に関して金融庁の担当者になったばかりの油布志行氏に会って説明しました。その見解・事項は、私が自身の社外取締役としての経験を基に、コーポレートガバナンス・コードに何を含めるかの提案だった。油布氏は自分に役員経験がないことを意識して、実務経験に基づいてずっと「何が必要か」について弁護士の頭で考えてきた私のアドバイスに聞く耳をもって下さったことは、彼の客観性とまじめな性格を語っていると思う。

2014年8月8日に、日本経済新聞の「経済教室」の欄に「国際標準の『指針』示せ」を寄稿した。 もちろん、既に7月以降、金融庁とその後できた有識者会議のメンバーに対して、コードの内容について個人として出来る範囲の具体的な提言をしていた。2014年10月27日には再び法と経済のジャーナル Asahi Judiciaryに「日本版コーポレートガバナンス・コードが目指すべき方向」を寄稿した。 2015年月25日に同ジャーナルにコーポレートガバナンス・コードの提案者から企業へのアドバイス」を寄稿した。

そして2015年6月に実際に導入されたコードには、私が紹介・説明した文言が多数取り入れらた。本当に光栄に感じた。もちろんコードの導入は、代議士、金融庁、取引所をはじめとする関係者の努力のたまものだ。私がしたことなど取るに足りないことだ。それでも、コードや説明文の中に、私が用いたフレーズを見つけると、つい誇らしく感じる。だからこそコードに込めた思い、コードの真の意味合いを正しく理解して欲しいと考え、コード実施についてさまざまの無料セミナーおよび講義・活動をし、BDTIの役員研修コースでコードの説明をし、コードについてのeラーニングコースを作成するなど、BDTIの活動の拡大に努めている。

一言でいえば、自民党(特に塩崎氏と柴山代議士)は政治的なリーダシップを発揮した。コード制定の原点は従来の官僚頼みのプロセスではなかったが、優秀な官僚がいたから上手くいった。ひたすら合理性と課題意識が「熟」した、というケースだと思う。

「形を整える」時代から、「絶えず改善するベスト・プラクティス」の時代へ

コーポレートガバナンス・コードは画期的な「良い変化」を日本経済にもたらすと思う。なぜなら、このコードの導入によって、日本は初めて本格的に「ベスト・プラクティス」(最善慣行)という概念を活用することになる。別の言葉でいうと、多くの日本メーカーに成功をもたらした「改善」の手法がガバナンスに分野にも適用される。

もはや、コーポレートガバナンスは、弁護士が「どうやって会社法の必須要件を満たせるか」を指導する、形ができればいい、というものではなくなった。コードや原則に沿って建設的な対話が深まる新しい時代においては、主役は弁護士ではなく、自社と投資家である。

投資家は何を期待するか? 詳しい説明と実効性

コードの全文と各企業の情報開示に目を通した投資家が何を期待するのかというと、それは簡単だ。順守する場合であっても、「具体的に何をどうやって順守しているか?」に答えられるくらいに具体的、実効的なプラクティスである。

実は、私が金融庁に提案したコードの項目の多くは、自分の社外取締役としての経験から生まれた。「社外取締役である私自身がより実効的に行動できるようにするためには、どのようなルールがあればよかった?」という極めて現実的な観点から生まれた。まさに、コードに書かれている「合理性・客観性」および「独立取締役の活用」のための観点だった。

企業担当者の皆様に私がお願いしたいのは、「最低限の要件は?」という考え方を捨てること。自社と株主にとって、より更に実効的なガバナンスの体制とその充実を目指して、できる限りコードの原則を参考にしてそれぞれの企業の内規を作ってください、ということだ。コードの原則3-1で求められているように、まずは深く考えて「それぞれの原則を踏まえた」良い内容を決めて下さい、ということだ。

優れた企業は、自己規律としてこのような詳細な内規を「自社のガバナンス・ガイドライン」としてホームページで公表するだろう。筆者が代表理事に務める公益社団法人会社役員育成機構はその例を無料の勉強会、その他の場で説明している。又は、ガイドライン作成についてのコンサルティングおよび導入に伴う研修も提供している。

次の1-2年間の間、日本のコーポレートガバナンス・コードの成否は以下のようなことにかかっている:

  • 投資家と政府が役員研修プログラムの利用を促して普及させること
    (形式だけではガバナンスは改善されない。知識、理解と魂が必要。執行役員になった時点から)
  • 投資家と政府が100%独立諮問委員会を薦めること
    (それによって独立社外取締役が活躍できて、「有効な活用」が可能になる)
  • GPIFがコーポレートガバナンス・コードについて言明すること(地共連と同じように)
  • 眠れる巨人である企業年金を起こして、受託者責任の強化(理事の法的責任追及手段の創設をはじめ)を上げること
  • 年金基金によるスチュワードシップ・コードの受け入れを促進
    (非金融系企業年金基金のうち、現状でスチュワードシップ・コードに署名しているのは、1社のみである)
  • CG-コードコードを毎年検証して継続的に改訂を検討する専門機関を正式に創設すること
  • 役員の退職後もらった報酬の個別開示 (相談役、顧問などの報酬の開示)

ニコラス ベネシュ

(個人として)

* http://www.accj.or.jp/images/GSTF_WP_J.pdf ; http://bit.ly/1dwxM5a ご参照下さい。

注釈1: この場でご紹介しきれない多くの方々のご努力の賜物ですが、特に下記の方々の功績を称えたいと思います。
アジアコーポレート・ガバナンス協会の事務局と投資家メンバー、CG-net、 ガバナンス・フォー・オーナーズ・ジャパン(株) 小口俊朗氏、株式会社経営共創基盤 冨山和彦氏、オリックス株式会社 宮内義彦氏、いちごアセットマネジメント株式会社 Mr.Scott Callon、アフラック Mr.Charles Lake、 the Council of Institutional Investors、国際コーポレート・ガバナンス・ネットワーク、在日米国商工会議所、制定実現に向けて活動して頂いた国会議員の 塩崎恭久氏(自由民主党)、柴山昌彦氏(自由民主党)、 金融庁 油布志行氏。

BDTIについて

役員研修の経験と実績が豊富な会社役員育成機構(BDTI)は、日本企業のガバナンスの改善、コンプライアンス体制の強化、実行性のあるコーポレートガバナンス・コードの普及拡大を目指しています。現役・新任取締役、執行役員、部長クラスに「役員力」の基礎知識、役員としての視点と新たな気づき、世界のベスト・プラクティスを提供します。

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