ソニーの伊庭保・元CFOがソニーの取締役会、現役経営陣に送った書簡

ソニーの伊庭保・元CFOがソニーの取締役会、現役経営陣に送った書簡です。  

                                                                                        2015年6月1日
ソニー株式会社
社外取締役 各位
経営陣(副社長を含む) 各位
執行役、業務執行役 各位
写:取締役会事務局

                                                                                             伊庭 保(社友)

ソニー・スピリットが甦る日

現在、ソニーの株価は4,000円近くまで上昇し金融危機前の水準にまで迫っており、株式市場も現経営陣による中期計画を評価しているように見えます。しかし、それは本当にソニーの経営力や実力を評価してのことでしょうか。これまでのリストラ効果と、証券アナリスト向けの受けを意識した会社側の説明(2017年度にROE10%以上など経営指標の目標設定、ポートフォリオ・マネジメントやリカーリング型ビジネスの強化)が、最近の株式市場の上げ相場に乗っただけではないでしょうか。
解決されてない大きな経営課題は残されたままです。低い株主資本比率、ムーデーズの格付Ba1、なども。
これまで、「最適な経営機構を求めて」及び「ソニーの経営理念の原点は「設立趣意書」にあり」で提言してきたように、取締役や経営陣に申し上げたいことは、申し上げたつもりです。すでに数ヶ月が経っていますが、明確な回答はいただいておりません。取締役および経営陣に真摯に検討していただき、どう向き合うのか、答えを期待していることに変わりありません。異論を尊重することまた自由闊達に議論することもソニーの企業文化であることを思い起こしていただきたいのです。

今回は、ソニー・グループの中・長期的企業価値を向上するため、光り輝くエレクトロニクス事業を再生することに絞って議論をします。取締役や経営陣も、光り輝くエレクトロニクス事業の再生について、基本的に同じ思いを共有していると信じますが、勝手な想像でしょうか。

ソニーは特別な(unique & extraordinary)会社でした。「自由闊達にして愉快なる理想工場」として、日本の輸出立国・電子立国を切り拓き、グローバル・ローカライゼーションを展開して、その優れたエレクトロニクス製品とともに、経営モデルも先進的でした。経営トップの方針や経営理念は明確で、だからこそ社員のモチベーションも高く、みんなが全身全霊で、イノベーションを起こし、これまでにない新しい商品やサービスの開発に打ち込み、新しい市場の創造をすることができました。しかし、創業50年を境目に、PlayStationを除き、ソニーらしい商品やサービスを生み出し、市場を創造するイノベーションを起こす勢いに衰えが見えてきました。過去10年、20年の間に、イノベーションを促すソニー・スピリットは希釈化し、その象徴である“SONY”ブランドも弱体化しました。対象とする事業領域が広がりました。経営陣の交代がありました。また、イノベーションを起こした、’奇人・変人’と形容される多くの技術者がソニーを去りました。ソニー・グループが光り輝く時代は終わっているかのように見えます。しかし、光る輝くエレクトロニクス事業を再生することは、現在においても不可能でないと信じています。

「ソニーは開拓者。その窓は、いつも未知の世界に向かって開かれ、はつらつとした息吹に満たされている。人のやらない仕事、困難であるために人が避けて通る仕事に、ソニーは勇敢に取り組み、それを企業化してゆく。ここでは、新しい製品の開発と生産・販売のすべてにわたって、創造的な活動が要求され、期待され、約束されている。ソニーの働く者の喜びは、このこと以外にはない。」(井深大が掲げたソニー・スピリットの1973年版より)
これが、経営者や社員に浸透し、行動指針となり、ソニーらしい商品やサービスとして体現させることに誇りと喜びを見出していました。技術者は、井深大、盛田昭夫、岩間和夫や大賀典雄に「これだよ!僕はこういうのが欲しかったんだ」と言わせたいという気概を持っていました。商品やサービスだけでなく、ソニー・スピリット体現の結果、パテント・ポートフォリオを含む広い意味での知的財産(資産)が形成されました。ソニーの(知的)強みと言ってよいでしょう。

ソニー・スピリットの社内における位置づけが、創業50年を境目に変わりました。1995年、社長に就任した出井伸之は、デジタル時代、インターネット時代への対応を主張しました。そう云われるまででもなく、現場では、ソニーらしい商品やサービスを開発し、新しい市場を創るべく頑張っていましたが、残念ながら、経営者の感性と技術者の想いが共鳴することはありませんでした。ソニー・スピリットが、経営者と現場を結ぶブリッジの役割を果たさなくなりました。今にして思えば、続けておけばよかったと思えるプロジェクトが中止されたこともありました。本来であれば、ソニーのイノベーションでしたが、詰めが甘く、他社に後れを取ったこともありました。
皮肉なことに、本社の経営管理の範疇を逃れ、久夛良木健の下、ソニー・ミュージックとの共同事業によりPlayStationの事業化に成功しました。これは、正に、ソニー・スピリットの系譜にあるイノベーションです。

大賀典雄/出井伸之の世代交代で、経営トップの資質の定義が不透明化したのも残念なことでした。ソニーの経営トップに求められる資質について、大賀典雄の時までは、はっきりしていました。盛田昭夫(創業者)の言葉を借りれば、ソニーの経営者は、「技術を理解し、それを使って将来のビジネスの道筋を描く」、「研究・開発の方向を示す」、それだけでなく、「社員を動機づけ、元気にさせ、本気にさせ、その能力を、潜在的な力まで含めて、十二分に引き出す」そして「人々の生活を豊かにする」ということになります。これがエレクトロニクス事業の経営者の資質として必要条件であり、現在でも、変える理由は見当たりません。

出井伸之を継いだハワード・ストリンガーの下で、エレクト二クス事業は混迷の度を深めました。取締役会から生え抜きの技術者を排除し、執行部への起用も限った。技術系人材を経営者に育成する道も閉ざしました。長期にわたるエレクトロニクス事業不振の困難な時代を引継いだのが平井一夫でした。しかし、遺憾ながら、CEO就任直後、2012年4月に発表した3ヶ年中期計画の期間中に、エレクトロニクス事業の再生について見るべき成果は殆んどないと言っていいでしょう。

2015年2月18日に発表された新中期計画は、危険水域に入っている財務体質の健全化を目的として、それに集中していると理解できます。経営指標による、米国型経営の規律を確立すること。収益が見込める事業には投資をするが、収益への貢献がはっきりしないもの(不確実性)に対する投資は、抑制的である。米国型ポートフォリオ・マネージメが戦略のようです。

2015年2月27日のソニーグループクォタリーミーテイングで、平井一夫(CEO)は、新中期計画の基本方針の背景の説明で、「…イノベーションや顧客価値創造の弱体化。これは言うまでもなく、新しい技術やアイデアによって、これまでの先入観や既成概念を壊すような、イノベーティブな商品やコンテンツ、サービスを生み出す力が、従来よりも低下したことに他なりません。」そして、「高収益体質の企業への転換をやり遂げた先に、今まで苦労を掛けた社員の皆さんが、イノベーションを起こし、新しい商品、サービス、コンテンツをこれまで以上に生み出し新しいソニーを切り開いていく、それがゴールなのです。」と結んでいます。
平井一夫(CEO)は、なぜ「イノベーションを生み出す力」が低下したか、その原因に考えが及んでないのです。したがって、その解決案を示すことができません。また、高収益体質にならない間は(金がかかる)イノベーションは抑えるように聞こえます。

なぜイノベーションが生まれなくなったか、いろいろな説明ができると思います。ソニーを愛するOBや外部の者が、光り輝くエレクトのクス事業の再生を願って実に様々な意見を述べてきました。
中でも、2009年、大曾根幸三(元副社長)が「ソニーよ“普通の会社”にまで堕ちてどうする(仮題)」との論文を作成。内容は、「経営者は技術の先読みできなくてはならない。」、『「戦略をこう進める」という肝心な旗じるしが見えない。』、『「聞く耳を持たない」という雰囲気に変わってしまいました。』など、経営の問題について、的確な指摘をしています。(この論文は、事情により、大曾根幸三は予定していた某誌への掲載を断念しました。しかし、草稿は広く出回り、公表と同じ効果がありました。)

次は、イノベーションを起こした技術者と意見交換してまとめた一つの見方です。
<3種類の技術者がいる。①職務命令に従って黙々と仕事に打ち込む。②自分が欲しいもの、あったらいいなと思うものを開発する。そのために必要な技術・部品を貪欲に探す。③使えるかどうか分からないが、新しい技術開発にのめり込む。有能な上司は、部下の傾向や能力を見抜いて、それぞれのタイプに応じ、技術者が十二分に力を発揮するよう仕向ける。②や③のタイプはともすれば組織になじまないが、有能な上司は、結果として、こういう技術者を上手に育てる。一方、使いやすい①のタイプ
の技術者を集めたがる上司もいるが、イノベーションとは大方縁が遠い。高度成長時代、会社は不確実性や未来の可能性に投資する余裕が十分あったこともあり、②や③のタイプの技術者を「出る杭を求む」と歓迎した。彼らは、(理解ある上司に恵まれないと密かに)夢の実現に向けて取り組み、その中から画期的なイノベーションが生まれました。
ところが、1985年のプラザ合意が契機となり、円高対策としてコストダウンを狙って製造の海外への移転が始まりました。加えて、日本からの人材流失で韓国・台湾、続いて中国への技術移転が始まりました。
ソニーも含め日本のエレクトロニクスメーカーは、力をつけた韓国・台湾・中国メーカーに製造だけでなく設計まで委託する風潮が強まる。本来、自らがすべき技術開発を自社で行わず、仕様書を渡すだけ。商品企画についても、周りに気をとられて徹底的に考えない。よって、競争力のある尖った商品を作れず、昔に比べてイノベーティブな商品が減った。安易に‘SONY’ブランドの力を頼りにする。これらは何も円高や国際的な競合激化に起因するものではなく、自らが招き入れた衰退への毒薬でもあった。>
かくして、エレクトロニクス事業を取り巻く経営環境が大きく変わりました。

エレクトロニクス事業の構造改革の目処がついた今こそ、このような経営環境の変化を踏まえ、ソニー・グループが進むべき方向を確認する必要があると思います。5年後、10年後、ソニー・グループをどのような形にするか描くことです。取締役会は、ビジョンや戦略について、深堀の論議をする責務があります。新中期計画に見られる、イメージング・デバイス、PlayStation事業やエンターティメント事業(そして金融事業?)を中心とする安定収益志向も一つの選択かもしれません。しかし、パテント・ポートフォリオを含む広い意味の知的財産、そして、イノベーションを起こすことにコミットしている人材を活用しないのはもったいない。適切な経営がなされれば、5年後、10年後、エレクトロニクス事業がソニー・グループの中核的存在であり、企業価値の向上に資するものと信じます。

果たして、光り輝くエレクトロニクス事業を再生ができるか。Xerox とAppleの事例を見ます。
Xerox:「2001年にCEOに就任した、An M. Mulcahy は当時フォーチュン500社の中でも珍しい女性CEOであった。彼女は経営理念を「カストマー指向と従業員中心主義」に据えた。彼女は経費節減や資金管理を強化するため、副社長とCFOとTreasurer 等に女性役員を配置すると共にカラー複写機のR&D とマーケティングに力を入れ…」、「2005年の取締役会構成は、コダックと異なり、実に目的的なDiversityが見てとれる。将来の米国ゼロクス社は箱物販売から情報サービス、通信サービスに力を入れなくてはならないとして、TV,インターネット、情報サービス、通信分野からCEO等三人を社外取締役に入れ、大借金をしたため、金融に明るいエキスパートを二名、また、経営理念の一つをカストマー・オリエンテッドに変更したため、この分野に詳しいJ&JとP&G会長等2名を入れている。」 (「経営者支配とは何か(今井祐)」より)
Apple:「Steve Jobs は、アップル再生のためには、アップルへの強い愛着と技術・業界に精通し洞察力・構想力を備えた社外取締役を揃える必要を強く感じていた」、「社外取締役と信頼関係がなければ、取締役会は機能しない」、「取締役会はマネージメント・チームの一部」、「社外取締役は、会社への愛着とビジョン形成(構想)力があって、初めて、マネージメント・チームの意思決定にチャレンジできるし、事業機会を発見できるし、政府、社会、投資家、その他の利害関係者と事業の縁を生み出す(ネットワークを確立する)」(「Understanding the Board of Directors after the Financial Crisis, ECGI-Law Working Paper No.229」より)
Xerox とApple ,いずれの場合も、ビジョンと戦略にマッチした取締役会メンバーの選任が行なわれている。取締役会構成の適正化には明確なビジョンと戦略が不可欠です。ビジョンも戦略も事業環境に応じて修正されるのが前提です。そうした修正を適切なタイミングでおこなうのが取締役会役割の一つでないでしょうか。

以上を参考にすれば、次のようなアクションが考えられる。

①不透明であるエレクトロニクス事業のビジョンを再点検し、ビジョンを具体的なイメージを伴う形で提示する。ビジョンは事業環境に応じ変わるが、いかなるビジョンもソ二-・スピリットが原点であることの確認と、ソニー・ビジョンそのものを甦らせる工夫をする。
②戦略も同様。財務戦略の目標は明らかにされたが、短期的株主価値向上である。しかし、パテント・ポートフォリオを含む広い意味の知的財産を活用し、そしてソニー・スピリットによりイノベ―ションを促し、光り輝くエレクトロ二クス事業を再生する。このようにして中・長期的企業価値の向上を目指す戦略に考えが及んでいません。5年先、10年先のエレクトロニクス事業のあるべき形を提示することです。
ある技術者/経営者は、現在のエレクトロニクス事業の強みを生かし、今後チャレンジできそうな事業領域を次の通り例示しています: メカトロニクス技術を活用した各種ロボット群、Internet to Things時代のセンサーモジュール、リアルタイム制御技術、医療支援機器、スポーツ支援デバイス、画像認識システム、次世代エンターティメント向けAI、ホーム・パーソナル用クラウドサービス。議論すれば、まだまだ、出てくるに違いない。
③分社化の戦略は曖昧である。ポートフォリオ・マネージメントの一環か。本気でエレクトロニクス事業の再生のため、自律的な経営システムシステムを目指すのであれば、細分化した分社化でなく、エレクトロニクス事業はひとまとめにする。
④エレクトロニクス事業のビジョンと戦略が明確になれば、取締役会を目的的に構成できる。取締役会や経営陣には、社内外を問わず、エレクトロニクス技術に知見のある人材を起用する。
⑤新規事業のための研究・開発に資金調達が必要であれば、4月にトヨタが発表した種類株式の発行がありうる。ビジョンが魅力的でなければできないが、トヨタは次のように説明している。
「製品の企画開発から製造・販売に至るまで、自動車事業のビジネスサイクルは中長期にわたっており、また自動車産業における技術革新が加速化する中、将来の自動車産業を支える次世代イノベーションに向けた研究開発やインフラ投資を本格化させることが不可欠であり、・・・。こうした背景のもと、トヨタは中長期にわたる自動車のビジネスサイクルに合致する研究開発資金の調達方法として、中長期の保有を前提とする種類株式の発行に向けた手続きを開始することとした」(5年経過後に普通株式転換権付き優先株式。非上場かつ全期間譲渡制限付。議決権あり。段階的に配当が増加)
あるいは、2013年にThird Point が提案したエンターティメント事業の一部上場も再検討してもよいのではないか。
財務的に苦しくとも、エレクトロニクス事業のサステナビリティのため、また、企業価値向上のための投資であれば、資金調達に知恵を絞るのが、CFOの役割です。
本年度の株主総会が近づきました。エレクトロニクス事業の再生という文脈でこの一年間の変化を見ると、この4月に執行役として技術系人材の起用が進んだことです。評価すべきことと思いますが、まだまだやるべきことが残っています。光り輝くエレクトロニクス事業を再生する道は遠いかもしれません。でも、次の一年もあきらめずに、エレクトロニクス事業の再生のため改革を促すことを続けていくことにします。

なお、6月1日からコーポレートガバナンス・コードが上場会社に適用になります。不透明であったところが明らかになることや経営機構の改革の梃になることが期待できそうです。 中期計画の未達の総括(補充原則4-1②)、経営トップの報酬(原則3-1)、経営幹部・取締役の指名・選任(原則3-1,4-3)、経営トップ再任に相当な反対票が投じられた場合の対応(補充原則1-1④)、後継者計画(補充原則4-1③)、取締役会評価(原則4-11、補充原則4-11③)、株主との建設的な対話(原則5-1)などに会社がどう対応するか、注目しています。

<おわり>

BDTIについて BDTIでは、取締役や監査役など役員として、また業務執行役、部長など役員を支える立場の方としての基本的な能力を身に着けるための役員研修「国際ガバナンス塾」を定期的に開催しています。(オーダーメイド役員研修も、承っております。)また、「会社法」「金商法」「コーポレートガバナンス」の基礎をオンラインで学べる低価格のeラーニングコースを提供しています。詳細はこちらから。講座の概要は以下の通りです。

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