「銀行取締役のリスクに対応する賠償責任保険」

一般事業会社の取締役よりも複雑なリスクに晒され、より重い責任を負わされているとも言える銀行取締役のための会社役員賠償責任保険(D&O保険)やその他の関連する保険について、リスク管理の視点からその課題と望まれる方向性について、フェデラル・インシュアランス・カンパニーの山越誠司さんが示唆に富んだレポートを書かれましたので投稿を掲載します。

「銀行取締役のリスクに対応する賠償責任保険」  山越 誠司

1 高度な注意義務を求められる銀行取締役

アメリカでは、銀行の取締役が一般事業会社と比較して、より高度の注意義務を負うのかという議論がある。すなわち、① 金融機関の公共性を理由に一般事業会社よりも高度の注意義務を負うという説、② 金融機関と一般事業会社の区別がつけがたいとして注意義務の水準に違いはないという説である。一般的に①の主張は、銀行取締役が株主に対してだけではなく、預金者に対しても注意義務を負っていることを強調し、一般事業会社より高度な注意義務の必要性が説かれている。また、銀行は他業種の会社と異なり、免許事業であり破綻すれば信用システムに大きな影響を与える公共性を有し、さらに職務は極めて専門性が高く、高度な知識や判断が要求されるため他業種よりも高度な注意義務が要求されるとする[1]

わが国においても過去の判例を仔細に分析すると、同じ融資に関する事案でありながら、銀行の取締役の注意義務は一般事業会社のそれよりも高い水準が要求されていることが見て取れるという[2]。また、銀行の融資は、預金という無担保の預り金を原資として行われる点で、一般事業会社が行う融資と決定的に異なり、同一視できないとし、銀行取締役の注意義務は預金者にも拡張されるべきものとされる[3]

このように考えると銀行取締役は、一般事業会社の取締役よりも複雑なリスクに晒され、より重い責任を負わされているとも言えるわけであるが、会社役員賠償責任保険(以下、D&O保険)やその他の関連する保険について、リスク管理の視点でより先進的な保険組成が必要になってくることは言うまでもない。

2 銀行業におけるD&O保険の限界

そもそも、D&O保険とはどのような保険なのか。アメリカやイギリスにおいてD&O保険が説明されるときは、一般的に、取締役として行った不当行為(wrongful act)に起因する損害賠償責任をカバーする保険などと表現されている。この場合、取締役の立場、あるいは地位(capacity)として行った行為である必要がある[4]。一方、わが国の場合、一般的に普通保険約款において「被保険者が会社の役員としての業務につき行った行為」に起因する損害賠償請求によって被った損害を補償するという規定の仕方になっている。ここで銀行業において問題となるのは、会社の役員としての業務につき行った行為に起因するすべての損害賠償請求は保険の対象であろうか、ということである。銀行の場合は、特に大きな組織で運営されており、いわゆる中小企業のような規模や構造にはなっていない。そこで、一般的に、D&O保険の免責条項として、専門職務賠償責任補償対象外特約(professional services exclusion)が付帯されることになる。この免責の意味するところは、わが国の会社法を基本に考えると、取締役の「業務執行」は免責で、「業務執行の決定」と「業務執行の監督」が補償範囲であるということができる。すなわち、D&O保険は、取締役や監査役が業務を遂行するにあたり、第三者に損害を与えて、保険期間中に損害賠償請求を受けた場合に、保険金が支払われる保険と言うことができるが、ここにおける「業務」は、主として経営判断業務や監督業務である。すなわち意思決定である「業務執行の決定」と「業務執行の監督」が保険カバーと想定され、執行行為である「業務執行」はD&O保険のカバーとして想定されていないことになる。ここで言う業務執行とは、銀行業務を遂行するために生じるあらゆる事務処理であり、融資取引、営業取引、契約締結、従業員採用等の法律行為等、会社の業務遂行のほとんどが該当することになる。

3 D&O保険で免責となる業務執行に起因する損害

銀行業におけるD&O保険では、専門業務の遂行に起因する損害賠償責任は、専門職務賠償責任補償対象外特約にて免責とされており、専門業務の定義として銀行業務、投資銀行業務、証券業務、投資顧問業務などとされ、あらゆる金融業務に起因する損害は補償の対象外となっている。ここで考えなければならないのは、取締役が業務執行をして、顧客との融資取引や金融サービスの提供に関して、顧客などから取締役が損害賠償請求された場合は、まさしく専門職務補償対象外特約の免責に該当し補償の対象とならないことである。ただし、専門業務に起因して提起された株主からの訴訟(shareholders’ litigation)は補償するとして復活担保(carve back)されている。よって、専門業務の遂行に関する第三者からの訴訟には、別途保険手配が必要になる。そこで必要になる保険が、金融機関専門職務賠償責任保険(Financial Institution Professional Indemnity Insurance) である。D&O保険の免責条項を埋める金融機関専門職務賠償責任保険は、わが国ではあまり普及していない保険であるが、D&O保険の免責を考えた場合に、必ず検討しておくべき保険となる。

アメリカの事例で、投資詐欺(Ponzi scheme)で損失を被った投資家が、資産管理契約を締結した銀行を訴えた。そして銀行はD&O保険の保険会社に保険金請求するものの、保険会社は、専門職務賠償責任補償対象外特約(professional services exclusion)に該当するとして保険金支払を拒否。裁判所も免責事由に該当すると判示した裁判例がある[5]

また、投資顧問会社の取締役が、投資商品を適切に管理していなかったために損失を被ったと主張した投資家がその取締役を訴えた。そして、取締役の行為は、専門業務に該当しないので、D&O保険の対象になるということで保険金請求するものの、投資助言・管理は専門業務に該当するため、当該取締役の行為は免責に該当すると判示した裁判例もある[6]

このように、D&O保険において専門業務に起因する損害賠償請求は免責であるために、この免責事項を埋めるのが前述の金融機関専門職務賠償責任保険になる。もしD&O保険で専門業務は免責とされると、ほとんどD&O保険の補償が無意味に思われるかもしれないが、いわゆる株主からの損害賠償請求に関しては復活担保されているために、D&O保険も依然として有効な保険と言える。

4 金融機関専門職務賠償責任保険の有用性

金融機関専門職務賠償責任保険の被保険者は、銀行及び役職員となる。ほとんどのケースは被害者が銀行という法人を訴える場合が多いと思われるが、理論的には銀行と役職員のそれぞれを被告とし共同不法行為として訴えることが可能である。銀行に対しては、民法709条の一般の不法行為責任や民法715条の使用者責任を問われることが想定される。あるいは、銀行が契約当事者であれば、民法415条の債務不履行責任もあり得る根拠となる。一方、取締役は会社法429条の役員等の第三者に対する損害賠償責任が、従業員であれば一般の不法行為責任が想定される。この場合、会社と役職員の第三者責任は競合関係にあるが、一般的に不真正連帯債務と考えてよく[7]、原告はそれぞれの被告に損害額の全額を請求することになる。その結果、賠償資力がある銀行が全額賠償金を支払い決着というケースが多いであろう。この時、銀行が役職員に求償できるのかという問題があるが、従業員の場合は、故意あるいは重過失がない限り求償できないと考えて良いであろう[8]。また、取締役の場合は、任務懈怠があった場合には会社法423条1項の役員等の株式会社に対する損害賠償責任において責任を負うことになるであろう。

以上の視点で考えると金融機関専門職務賠償責任保険は、銀行、取締役、従業員の第三者責任の競合関係も包含した形で補償を提供する保険であり、銀行のリスク管理には有効であると言える。具体的に想定される事例は、M&Aアドバイザリー業務において利益相反行為が問題となり差し止め請求を受けたり損害賠償請求を受けたりするケース、あるいは、金融商品取引で適合性の原則が争われたり、説明義務違反を問われたりするケースがあろう。保険引受に際しては、一般的にM&Aアドバイザリー業務のリスクが最も注意すべき要因と言われている[9]。資金調達、株式割り当ての調査、証券取引に伴う法令順守、他のアドバイザーとの連携、財務予測、デューデリジェンス等、より複雑で高度な注意義務を伴う業務が多いからであろう。残念ながらこの分野のリスクは非常に複雑な取引に深く入り込むために潜在的に危険度が高いということで免責とされたり補償が制限されたりすることが多い。

5 銀行業における損害保険の有効活用

現在、銀行のオペレーショナル・リスクに対応する保険が開発されているが、既に次のような保険も存在しており、銀行にとっては十分利用価値があるかもしれない。

・会社役員賠償責任保険(Directors and Officers Liability)
・専門職務賠償責任保険(Professional Indemnity)
・身元信用/金融機関包括補償保険(Fidelity/Bankers Blanket Bond)
・コンピューター犯罪保険(Electronic Computer Crime)
・雇用慣行賠償責任保険(Employment Practice Liability)
・財産保険(Non-Financial Property)
・権限外取引保険(Unauthorized Trading)
・一般賠償責任保険(General and Other Liability)

一方、スイス再保険により包括的にカバーを提供する保険としてFIORI (Financial Institutions Operational Risk Insurance) が開発されているが、一事故あたりの免責金額が約100億円と高額で、巨大な金融機関をターゲットにした商品設計になっており、あらゆる金融機関が利用可能な状況にはない[10]

しかし、保険には構造的な限界も存在するが、オペレーショナル・リスク管理において有効に機能する面も存在する。実際に、頻度は小さいがインパクトが大きいリスクに対して保険によるリスク移転を提唱する世界的な銀行も存在し、予想が困難な巨大損害に対して保険を利用することは、非常に有効なオペレーショナル・リスク管理手法と考えているようである[11]。とくに、D&O保険と金融機関専門職務賠償責任保険は、銀行業を営む上で非常に大きなリスクを占めるであろう、株主や第三者からの損害賠償責任リスクに対応する保険であり、銀行の役職員、特に経営者の立場からみた場合、最初に検討しておくべき保険と言える。これらの保険を検討することは、銀行業務に係るオペレーショナル・リスクの把握に有用であるし、株主や取引先に対する自行のリスク管理に関する真摯な姿勢を示すことにもなるであろう。また、今まで損害保険を銀行経営やリスク管理に本格的に活用しようという機運は乏しかったと思われるが、今後、自行のリスク管理の高度化の一環として検討されることになれば、保険業界との連携により、先進的な保険商品の開発も促されることになると思われる。

※ 本稿における内容は、すべて私の個人的見解であり、所属する組織の見解ではない点をお断りしておきます。

[1] 山田剛志「銀行取締役の注意義務基準」企業会計54巻4号580頁(2002年)。

 [2] 岩原紳作「金融機関取締役の注意義務-会社法と金融監督法の交錯-」小塚荘一郎=高橋美加『商事法の提言:落合誠一先生還暦記念』202頁以降(商事法務、2004年)。

[3] 神吉正三「銀行取締役の注意義務再論(2)」龍谷法学41巻4号762頁以降(2009年)。

[4] Francis Kean, et al., Directors’ and Officers’ Liability Insurance (The Insurance Institute of London, 2010), pp. 29.

[5] Associated Community Bnacorp, Inc. v. Travelares Cos., 2010 WL 1416842 (D. Conn. Apr. 8, 2010).

[6] MDL Capital Management, Inc. v. Federal Insurance Co., 274 F. App’x 169 (3rd Cir. 208).

[7] 水島治「会社の損害賠償責任と取締役の第三者責任との競合-会社自体の不法行為責任との関係を中心として-」立命館法学 通号308号 1165頁(2006年)。

[8] 松坂佐一『民法提要 債権各論〔第5版〕』315-316頁(有斐閣、1993年)。

[9] A A Gregory et al., Professional Indemnity Insurance, (The Insurance Institute of London, 2001) p. 105.

[10] Hal Scott and Howell Jackson, Operational Risk Insurance – Treatment under the New basel Accord, (2002) p. 8, <http://www.law.harvard.edu/programs/about/pifs/llm/
sp37.pdf#search='Operational+Risk+Insurance+hal+scott'>

[11] Hans-Ulrich Doerig, Operational Risk in Financial Services, An Old Challenge in a New Environment, (January 2001 partly adjusted April 2003), pp.76-82, < https://www.credit-suisse.com/governance/doc/operational_risk.pdf>.

 

山越 誠司 氏
フェデラル・インシュアランス・カンパニー 経営保険本部長
東洋大学大学院法学研究科博士前期課程修了。1993年日産火災海上保険株式会社入社。エーオン・リスク・サービス・ジャパン株式会社、株式会社エヌ・エヌ・アイ、オリックス株式会社を経て、2012年より現職。主な著書・論文に、「株主代表訴訟だけが対象ではない! D&O保険がカバーする取締役の責任範囲」(ビジネス法務 2013.4)、「独立取締役を守る先進的なD&O保険」日本取締役協会編『独立取締役の基礎知識』(中央経済社、2012年)などがある。またD&O保険講座の講師も多数務める。

BDTIについて BDTIでは、取締役や監査役など役員として、また業務執行役、部長など役員を支える立場の方としての基本的な能力を身に着けるための役員研修「国際ガバナンス塾」を定期的に開催しています。(オーダーメイド役員研修も、承っております。)また、「会社法」「金商法」「コーポレートガバナンス」の基礎をオンラインで学べる低価格のeラーニングコースを提供しています。詳細はこちらから。講座の概要は以下の通りです。

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