ドッド=フランク法に基づく報酬クローバック: 海外発行体に対する影響

向こう数ヶ月の間に、米国の証券取引所に上場している海外民間発行体は、ドッド=フランク法によって導入される新しい米国のコーポレートガバナンス要件について考慮することになる可能性がある。ドッド=フランク法のほとんどのコーポレートガバナンス条項は、米国の証券取引所に有価証券を上場している場合であっても海外民間発行体に影響を及ぼすことはない。ただし、ドッド=フランク法第954条は、インセンティブ報酬のクローバック(回収)に関する方針を策定し、実施していない発行体の有価証券の上場を禁止することとなる。この条項は、たとえ主たる上場が米国外の取引所であっても、米国に有価証券を上場している海外民間発行体には適用されることとなる。

 第954条の要件

ドッド=フランク法の施行に関するプランの概要を示しているSECのウェブサイトでは、SECが2011年8月から12月までの間にドッド=フランク法第954条を施行するための規則を提案することが示唆されている。海外民間発行体は、提案される規則を注意深く検討し、それらについて意見を提出することを検討すべきである。その主要な検討事項として、海外民間発行体は、SEC提案に基づく要件が海外民間発行体の母国の法律もしくは証券取引所の要件と矛盾していないかどうか、又は提案を策定する中でSECが考慮しなかった問題が生じる可能性がないかを検討すべきである。

ドッド=フランク法第954条の規定は、比較的簡潔である。第954条は、その冒頭で、SECは「国法証券取引所及び国法証券業協会に対して、本条の要件を遵守しない発行体のいかなる有価証券の上場も禁止するよう、規則によって命ずるものとする」としている。すなわち、ニューヨーク証券取引所及びナスダックをはじめとする米国の国法証券取引所に有価証券が上場されている全ての発行体に対して、クローバック方針が強制されることとなる。

第954条に基づき、SECによって採択される規則によって、各発行体は、証券諸法に基づき報告が義務付けられている財務情報に基づいた発行体のインセンティブ報酬に関する方針の開示を規定する方針を策定し、実施することを義務付けられる。さらに、同規則は、以下のことを義務付ける。

発行体が、証券諸法に基づくいずれかの財務報告要件の重大な不履行を原因として、会計書類の修正再表示を作成することが求められた場合、当該発行体は、かかる会計書類の修正再表示の作成が求められている日付から3年前までの期間に、誤ったデータに基づいてインセンティブ報酬(報酬として付与されたストックオプションを含む)を受領した発行体の現職又は元の役員(executive officers)から、当該役員に対して会計修正再表示に基づき支払われるはずであった額を超える分を回収すること。

第954条の背景

サーベンス・オクスリー法には、第954条の要件の前身とみることができる条項が盛り込まれていた。サーベンス・オクスリー法第304条に基き、SECは、最高経営責任者(以下、「CEO」という)又は最高財務責任者(以下、「CFO」という)に対して以下を発行体に返還することを義務付ける法的手続きを提起することができる。

財務諸表がその後修正再表示された場合、当該財務諸表の公表後の12ヶ月間において発行体からかかる者が受領した全ての賞与又はその他のインセンティブ報酬もしくは株式報酬

当該12ヶ月間に発行体の有価証券の売却により実現した全ての利益

この条項は、修正再表示が、不正行為の結果として生じた財務報告要件の重大な不履行に起因する場合にのみ適用される。

第304条は、CEO又はCFOが誤表示の原因となった不正行為に個人的に関与した場合にのみに適用されるのかどうかは、完全に明白ではない。昨年にアリゾナ連邦裁判所において判断されたSEC対Jenkins事件において、裁判所は、CEO又はCFOが個人的には有罪でなくとも、CEO又はCFOからのクローバックが生じることがあるというSECの方針に同意している。

多くの米国企業が、第304条の要件よりもさらに踏み込んだ企業独自のインセンティブ報酬クローバック方針を採用している。これらは一部アクティビスト株主からの圧力に反応したものである。こうした方針は、企業によってその適用が異なっている。

ドッド=フランク法第954条とSOX法第304条の比較

多くの点において、サーベンス・オクスリー法第304条の要件に比べて、ドッド=フランク法第954条の要件はより厳格であり、特に以下の点が挙げられる。

第954条は、不正行為が生じたかどうかにかかわりなく、クローバックを義務付ける

ルックバック(遡及)期間が、12ヶ月ではなく、3年間である

第954条は、CEO及びCFOのみではなく、現職又は元の役員に適用される

第954条は、SECによってではなく、発行体によって執行される

問題点

第954条の施行は、SECに多数の重要な問題を提起すると思われるが、その多くは、規則制定を見越してSECに提出されたパブリック・コメントによって予想されている。これらの問題の一部を以下において論じる。

第954条に基づき、クローバック方針は、「役員」(executive officers)に適用される。ただし、この用語は同条において定義されていない。1934年証券取引所法(以下、「取引所法」という)に基づくルール3b-7は、「役員」を社長、登録会社の主要な事業単位、部門又は機能(販売、管理又は財務など)を担当する副社長、政策決定機能を遂行するその他の役員又は登録会社のために同様の政策決定機能を遂行するその他全ての者を意味すると定義している。子会社の役員は、登録会社のためにそのような政策決定機能を遂行する場合には、登録会社の役員とみなされることがある。SECは、ルール3b-7の定義又は他の何らかの定義を採用するのかについて決定する必要があるだろう。

クローバック方針は、「インセンティブ報酬」(報酬として付与されたストックオプションを含む)に適用される。SECのレギュレーションでは、既に、米国発行体に関する委任状説明書(proxy statement)の開示要件との関連でインセンティブ報酬を定義している。第954条の文言では、クローバック方針は証券諸法に基づき報告されるべき財務情報に基づくインセンティブ報酬にのみ適用されるべきであることを強く示唆している。

クローバックの金額の算定は必ずしも単純ではない。クローバックは「会計書類の修正再表示に基づき役員に支払われるはずであった額を超えるもの」に対して求められる。株式の価値は当該価値が算定される時点によって異なる株式報奨の場合など、金額の決定方法が不明瞭となる可能性がある。SECはこうした問題に関して明確なルールを採択する可能性もあるが、別のアプローチとしては、関連する決定を取締役会又はその委員会に委ねることもありうる。

税務上の考慮も複雑な問題を提起する可能性がある。報酬の返還を求められる役員は、報酬に関する税金を既に支払っている可能性がある。関連する法域の法律次第で、役員は、以前に支払った税金の全額を取り戻すことができる場合とできない場合があることになり、もし税金を取り戻すことができる場合にも、かかる税金の払戻しは、クローバックが求められる時点よりもはるかに遅くなる可能性がある。

同条が想定する3年間の回収期間がいつの時点で開始し、いつの時点で終了するのかに関しては、やや不明瞭な部分がある。第954条に基づけば、その期間は、「発行体が会計書類の修正再表示を作成することが求められる日付」から遡って3年間である。米国の発行体の場合、修正再表示を報告するためには、フォーム8-Kファイリングが義務付けられる可能性がある。その場合、かかるフォーム8-Kの提出日が、この要件の目的上適切な日であるかもしれない。ただし、米国外の登録会社の場合、フォーム8-Kの提出日は適用できない。米国外の登録会社が、その財務業績に関して重要な修正再表示を公表する場合、当該公表と共にフォーム6-Kを迅速に提出することが要求される。SECは、こうした公表日、フォーム6-Kの提出日又はそれ以外のいずれの日が、本要件の目的上適切な日であるかを評価すべきである。

第954条は、その文言上、クローバックがSECによってのみ執行可能であるサーベンス・オクスリー法第304条とは対照的に、発行体自身によって執行されることを想定しているように思われる。ただし、同法は、発行体が全ての修正再表示に関してクローバックを求める義務を負うのか、又は発行体が修正再表示後にクローバックの要否を自ら判断することができるかどうかを明確にしていない。SECが後者の選択肢をとる場合、SECはこの決定に係る実質的又は手続き上の基準を明確に規定する可能性がある。本件に類似する状況- TARP(不良資産救済)プログラムに基づく連邦資金の受領者に対して適用されるクローバックのガイドライン- においては、発行体は、クローバックが不合理である場合には、その執行を求められてはいない。その他の想像できる状況の中で、執行のコストが回収できる資金を超過する場合、又は経営幹部が資金を返還するための十分な原資を有していない場合、かかる執行は不合理となる可能性がある。元の従業員に対する執行については、発行体が、今後支払われるはずの報酬を留保することができない可能性があるため、一層困難である可能性がある。

規則制定を見越して第954条についてSECにコメントを提出した者の一部は、金額が非常に少ない場合にはクローバックが義務付けられない僅少性(de minimis)に関する基準をルールに盛り込むべきであると提案した。

従業員の賃金を差し押さえる債権者の能力を規制している州法は、発行体がクローバック方針を執行する能力を制限する可能性がある。連邦法(ドッド=フランク法など)は、もちろん州法に対して専占することができるが、第954条は、クローバックの執行に関しては、発行体によって採用された方針に依拠しており、法又は規制に依拠するものではない。裁判所が、第954条の要件に基づき採用されたクローバック方針は、それ自体では、州賃金保護法制を専占することのできる連邦法の地位を有していないと判断する可能性がある。

クローバック方針に基づき、支払ったインセンティブ報酬を役員から回収することに関する実務又は法律上の障害に直面した企業は、修正再表示によりクローバックが生じうる期間が終了するまで、報酬資金が役員に対して支払われない繰り延べインセンティブ報酬の仕組みを利用することで、こうした障害に対処する可能性がある。SECは、かかる権限を有しているかどうかは明らかではないが、規則制定においてこうした仕組みを義務付けることを決定する可能性がある。

第954条は、遡及に関する問題(retroactivity issues)を提起する。ルールは、発行体による方針の採用以前の報酬期間について、どの範囲で方針の適用を義務付けるのか。クローバック方針は、方針が採用される前に(あるいはドッド=フランク法自体が制定される前であっても)退職した役員に対しても適用されなければならないのか。また役員との契約(免責契約など)が方針の採用前に締結された場合であっても、方針はかかる契約に優先するのか、といった問題がある。多くのコメント提出者が、クローバック方針は第954条に基づくルールの効力発生日以降に付与されたインセンティブ報酬にのみ適用されるべきことを提案している。

海外民間発行体に対する適用

第954条は、多くの理由により、米国発行体と比べれば、海外民間発行体への関連性は少ないであろう。まず、上述したように、第954条は、その有価証券が米国の国法証券取引所又は国法証券業協会に上場されている海外民間発行体にのみ適用される。その有価証券をSECに登録している発行体- たとえば、フォームF-4に基づき登録される合併に関連する場合- は、その有価証券が米国の証券取引所に上場されていない限り同条の対象ではない。

第二に、SECは、海外民間発行体に関する完全又は部分的な適用免除を採用することを決定する可能性がある。第954条は、それ自体では、SECに適用免除を付与する権限を付与していない。しかし、第954条は、取引所法を修正することで、クローバック方針要件を組み込むものである。そして、取引所法は、その適用免除が公共の利益のために必要又は適切である場合及び投資家の保護と一貫している場合に限り、同法のあらゆる条項又は同法に基づくあらゆるルールもしくはレギュレーションから、いかなる者、有価証券もしくは取引又はいかなる種類の者、有価証券もしくは取引も適用免除することができるSECへに対する一般的な権限付与を含んでいる。

第三に、修正再表示は、米国発行体と比べ、海外民間発行体にとってはそれほど一般的ではない。一つの理由は、最新の期間について、U.S. GAAPでは修正再表示を義務付けるのに対して、国際財務報告基準(IFRS)などの米国外の会計基準では、会計上の誤りの修正を規定しており、修正再表示を義務付けないことが多いことにある。さらに、一部の法域における法律は、修正再表示を制限している。

最後に、第954条は、海外民間発行体が米国において上場されている限りにおいてのみ適用される。その財務諸表の修正再表示の必要性に直面した海外民間発行体が、米国における上場を廃止し、クローバック方針を廃止することは想像に難くない(ただし、以前の行為に適用される取締役会方針を廃止することは、現地法又は現地証券取引所の要件により制約される可能性がある)。

Ted Paradise

From the Davis Polk Tokyo Office Blog

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